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74 本

男は小説を出版した。自著にサインを入れ、付き合っていた女に贈った。二人の禁じられた関係のことを、自分たちにだけ分かるように本の中に書いていたのだ。世間は許さないとしても、特別な相手だった。

やがて、女はすべてを捨てて男と結ばれる決意をした。ところが、約束の日、女はいつまで経っても姿を現さなかった。それ以来、二人は二度と会うことがなかった。

数年後、男はたまたま立ち寄った古本屋の棚に自分の小説を見つけた。手に取って開いてみると、あのとき女に贈った本だった。男はその場で泣き崩れた。



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