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27 犬を介した再会について
男は今でも小学生のときの苦い記憶を思い出すことがあった。
ある日、一緒に遊んでいた同級生のFが目の前で犬に咬まれたのだ。自分と同じくらい大きな体をした凶暴な野良犬だった。
男は怖くなって、泣きわめくFを見捨てて逃げたのだった。Fは腕に十針以上縫う大怪我をした。
後にも先にもあんなに怖い思いをしたことはなかった。
その一件のあと、男は例の野良犬以上にFの存在を恐れるようになった。Fと目が合うと、あのとき逃げたことを責められているような気がしたのだ。自分の意気地のなさを。
男は、残りの学校生活をFを避けるようにして過ごしたのだった。
それから二十年以上が経った今でも、男の心には当時のことが引っ掛かっていた。
ある日、男は一言謝りたいという抜き差しならない思いに駆られて衝動的にFを訪ねた。本当はずっとそうしたかったのだ。
今も実家で暮らしていたFは、突然の訪問に面食らい、いくらか警戒した様子で門扉越しに対応した。
それも最初だけのことだった。男が昔のことを謝りたいと言うと、相手の態度も心なし和らいだ。
ところが、門扉を開けて敷地に通してくれたかと思うと、Fは突然態度を翻した。敵意もあらわに男を罵りはじめたのだ。
卑怯者。根性なし。お前のせいで大怪我をした。お前のせいでおれは不具者だ。一生が台無しだ。
男はすっかり萎縮して批判されるままになった。どれだけ責められても当然の報いだと思った。
突然、Fが勝ち誇ったような笑い声をあげた。もしやと思って振り返ると、男の後ろに放し飼いの大型犬がいた。罠にはまったのだ。
大型犬は今にも咬みつきそうな様子で牙を剥き出しにして唸り、飼い主の命令を待ち構えていた。
「このときを何年も待っていたぞ。この傷の恨みを忘れるはずがないからな。そいつは羊を何頭も噛み殺したこともある凶暴なロットワイラーだ。今こそ復讐を果たしてやる。行け、ソルティ!」
Fは犬をけしかけてきた。
男はわっと目をつむり、飛びかかってきた犬を無我夢中で払いのけた。
宙を舞った犬は、庭の隅にあるDIY用具がまとめられた一角に突っ込んだ。板や工具が大きな音を立てて犬の上に崩れ落ちた。
犬はそれらを自ら押しのけて立ち上がったが、その胴体には芯材で使うような鉄の棒が二本突き刺さっていた。犬はなおも立ち向かってこようとしたが、もう脚が言うことを聞かなかった。
Fは犬に駆け寄り、歯軋りしながら男を振り返った。
「おれに何の恨みがあるんだ!」
男はうろたえて許しを乞うた。決してこんなことをするつもりではなかった。
Fは絶対に許さないとわめきながら殴りかかってきた。男は甘んじて殴られながら、ただひたすら頭を下げた。
Fは何度も殴った。途中からは角材を使って殴った。
次第に、男はいくらなんでもやりすぎだろうという気持ちになって、思わず一発殴り返した。
Fの歯が折れた。
Fは血相を変えて再び掴みかかってきた。
男は今度は受けて立った。二人は狭い庭先で上になり下になりの大乱闘を演じた。
そうこうしているうちに犬は死んでしまった。
いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。