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58 生きる喜び

男は、突然尻を丸出しにして人を驚かせることを無情の喜びとしていた。立ち話をしているときなどにいきなり後ろを向き、ズボンとパンツをいっぺんに下ろして尻を突き出すのだ。人々が面食らったり悲鳴をあげたりすると、男は何とも嬉しそうにひゃっひゃっと笑うのだった。

ある日、男は街で偶然同級生と再会した。道端で思い出話をしていると、また例の衝動が込み上げてきた。男は同級生に突然尻を突き出して見せた。相手は一歩後ずさったかと思うと、ふいに男の尻に顔を寄せてきた。そして、尻の真ん中にあるほくろから毛が生えていることを指摘した。

手を回して確かめてみると、ひょろひょろと伸びた長い毛だった。男は自分の尻にほくろがあることさえ知らなかった。それ以来、男は人に尻を見せて回るのをやめた。働きもせずにふらふらする生活に区切りをつけ、堅い仕事についた。

今、同じ職場にいる人間で、男のかつての嗜好を知るものは一人もいなかった。ときどき、男はトイレの個室に入ったときなどに、懐かしい気持ちになってあの毛はまだあるだろうかと尻に手を回して確かめてみるのだった。



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