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黒岩家のしあわせ家族計画6


満子 うそ。……あなたがやったの?
秀俊 違う違う!
満子 そんな余裕なかったもんね。でも、じゃあ……。
秀俊 死んだんだ。ただ死んだんだ。
晋一 自然死?
秀俊 ああ。まさかあれが最後の言葉になるとはな。「いつも人様のお情けにすがって生きてまいりました」。劇的とはこのことだ。
満子 おじいちゃんのときと同じ。気がついたときには死んでる。
秀俊 あ! おい、ここはまずいぞ。
満子 え?
秀俊 刑事だよ。
満子 お義母さんの死体を見られたらまずい!
秀俊 そうだ。(ふじに)ちょっと母さん、二階行くよ。……(死んでいるのだと思い出し)わー、そういうことか!
満子 あなた、そういうことよ。
秀俊 晋一、これが死というものだ。
晋一 分かってる。
秀俊 でも、いいこともあるぞ。
晋一 なに?
秀俊 誰もおばあちゃんを殺してない。
晋一 ということは、誰も罪を背負う必要がない?
秀俊 その通り!
満子 本当はちょっと楽しみだったけど、長い目で見ればきっといいことね。
秀俊 とにかく、うちのことをバラされないうちにこうなってくれてよかった。おばあちゃんが死んだことは絶対に奴らに知られてはならないぞ。
満子 そんなことになったら計画が台無しよ。
秀俊 おばあちゃんはこれからまだ十年も二十年も生きるんだ。(晋一に噛み砕いて説明して)生きているようなふりをするってことだぞ、家族みんなで。
晋一 (うざい)分かってるよ。
秀俊 よし。あそこ(開かずの間)に隠している余裕はない。開けるのが手間だからな。ひとまず二階に運ぼう。(ふじに)さ、母さん、じゃなかった。お母さん、晋一、手伝ってくれ。

三人で協力してふじを持ち上げる。ふじはかなり重い。

秀俊 ダイエットさせとくべきだったな。

そこへ、ふじの部屋から矢野が出てくる。

矢野 (緊迫した表情)やつが表に出ます。誰か尋ねてきたようです。ちょっと玄関から覗かせてください。

秀俊たちは固まったまま動かない。矢野はドア3からさっと出ていく。

秀俊 危なかった。
満子 (こそこそと)どうするの?
秀俊 いったん下ろすか? 
晋一 今のうちに行っちゃった方がいいって。
秀俊 そうだな。よし、行くぞ。

すると、矢野がドア3から戻ってくる。三人は再び固まる。

矢野 宅配便でした。でも油断はできない。何が届いたか分かりませんからね。

ふじの腕がだらりと垂れさがり、頭ががくっとのけぞる。いかにも死んでいるように見える。秀俊たちは気が気ではないが、矢野はまったく気がつかない。

矢野 今はネットで何だって買えるんだ。共犯者の存在だって考えられる。
秀俊 宅配便を使って連絡を取ってるんですね。
満子 回りくどいことするわね。
矢野 (鋭く)ところで。
秀俊 (緊張して)はい。
矢野 トイレを拝借しても?
秀俊 どうぞ。
矢野 ありがとうございます。一瞬ですから。

矢野、さっと下手に消える。

晋一 急ごうよ。
秀俊 一瞬だって言ったぞ。早ションなんじゃないか? そういう顔をしてるぞ、あいつは。
満子 何よそれ。
秀俊 男には早ション遅ションっていうのがあるんだよ。
満子 いいから! わっ、ちょっと!

三人がよろけて崩れたところへ、矢野があっという間に下手から戻る。ふじは床にうつ伏せに投げ出されて、まるで死体のように見える。矢野、一家の様子に目を留める。

秀俊 れ、練習中です。
満子 何の。
晋一 宴会芸の。
秀俊 町内会の慰安旅行で、家族ごとに芸を披露しなきゃならんもんで。
矢野 そんなものがあるんですか。
晋一 (コントの出だし風に)酔いつぶれたおばあちゃんと、それを介抱する家族。
満子 わりとそのまんまね。
矢野 はっはっは、面白いな。
満子 面白い?

三人はその余興芸を練習してるふりをする。

晋一 おばあちゃん、どんだけ飲んだの?
秀俊 またクリーニング屋のジジイに飲まされたな。
満子 酔うと簡単に触らせるから。

秀俊と晋一が両脇からふじの肩を抱くようにする。

満子 今日はこのまま寝かせちゃいましょう。
矢野 (乗って話に加わってくる)こっちですか?(とふじの部屋を示す)
秀俊 いやいやいや、二階にお部屋をご用意してありますので。
満子 誰よ。二階よ、二階。お義母さん、今度飲んだら金歯引っこ抜いて売り飛ばすって言ったの覚えてますか? やりますよ。

晋一がよろけて、あっちにとっとっと、こっちにとっとっと、と傾く。

秀俊 しっかりしろ。
矢野 まいった。仲のいいご家族だ。宴会では大爆笑ですよ。保証します。
満子 この人、感覚おかしくない?
秀俊 疑ってないってことが大事だ。
満子 そうだけど。

満子も協力するが、またバランスが崩れてよろける。

矢野 おっと。

矢野が倒れないように支える。そのとき、うっかり満子の尻に手を添えてしまう(とてもうっかりとは見えないような触り方で)。満子、黙って矢野を振り返る。

矢野 (しばらく触ったあと、ようやく手を引っ込める)申し訳ない。こんなときに何をやってるんだおれは。そろそろ戻らないと。
晋一 どうぞ行ってください。
秀俊 我々には練習がありますから。
矢野 失礼します。

矢野、ふじの部屋に戻っていく。秀俊たちは息をつく。

秀俊 あいつがバカで本当に助かった。
満子 このまま行くわよ。

三人、ふじを担いで上手に退場。
暗転。


いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。