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60 穴

壁に小さな穴が空いていた。脇に「絶対に指を入れないでください」と注意書きがあった。男はいかにも面白いものを見つけたというように、にやにやしながら人差し指を突っ込んだ。ほんの冗談のつもりだった。

指は穴にぴたりとはまった。奥へ吸い込まれるのを感じた次の瞬間、男は宇宙空間に浮かんでいた。

穴は宇宙に通じていたのだ。呆気にとられて辺りを見回すと、そこにはたくさんの地球ゴミが漂っていた。みんなあの穴から捨てられたものらしい。

少し離れたところに、薄汚れたうさぎのぬいぐるみが浮かんでいた。男が子供の頃からいつも肌身離さず持っていたうさこちゃんだ。三年前、母親が勝手に捨ててしまったものだった。男は決して許すことができず、母親をブラジル旅行に連れ出し、ピラニアだらけの川に突き落としたのだった。

宇宙空間を掻くようにして泳いでいくと、男はぬいぐるみをしっかりと掴んだ。もう二度と会えないものと諦めていた。

「うさこちゃん」

名前を呼んで抱き寄せると、男は泣きながら頬をすり寄せた。

うさこちゃんの他に男の心に安らぎを与えられるものなど何一つなかった。このまま二度と帰れないとしてもかまわなかった。



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