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料理の演出によって五感が刺激されてその一品がその時の逸品となる

6月初めの渡米前の5月末、行きつけの天ぷら屋で客人と食事をした。

「いらっしゃいませ!」
大将と女将の笑顔で迎えられて私たちはカウンターの奥に腰を掛けた。
天ぷらが次々に出されるにつれて、客人との食事と会話と呑みがテンポ良く進んでいく。

お店に入ってから小一時間ほどが経った時、大将が2リッター位のガラスの壺を奥から持ってきた。
大将の両手に掴まれているガラス壺の中には氷と水と4匹の魚・・。
私はその魚が小鮎であることを知っているが、その日が初めての客人は知らない。

「それは・・・?」
「小鮎なんです。琵琶湖で獲れた鮎です。」
客人が大将に問いかけて二人の会話が始まる。

「その器の中はお酒ですか?」
「いえ、氷水なんです」

「段々、元気がなくなってきましたね」
「冷たい水なので仮死状態になるんです」

「なんでそうすんですか?」
「仮死状態で無いと油の中で暴れてしまうんで・・・。」

「それこそ、大将の技ですね。」
「はい!」

大将と客人の会話が途切れて、私たちはまた食事と会話と呑みの二人の世界に戻っていった。
だが、会話をしながらも大将の手元が気になっていた。
大将は黙々と冷たい壺の中から小鮎を取り出し、打ち粉を振って衣に潜らせて一気に油へ投入する。
ジュワーっと油から湯気が立ち上る。
ジュワー、ジュワー・・・と軽快な音色が店内に響く。
今まで食べてきた天ぷらも同じような音色がしていたに違いないが、ガラス壺を大将が奥から持ってきた時からの演出によって、私たちの視聴覚が研ぎ澄まされたのかも知れない。

「お待たせしました。小鮎です。塩で召し上がってください。」
目の前に出された2匹の小鮎は、まるで今から泳ぎ出すような躍動感。
大将の技が冴え渡っていた。

塩を付けてガブリと頬張る。
その瞬間にサクッとした衣を感じ、その先にフワーッとした鮎の淡白な身が存在し、噛みしめればその淡白な身の旨味と鮎特有の苦みが塩気と油の旨味とともに融合し合って口の中で踊りまくる・・・。

五感が刺激されて
小鮎の天ぷらは
その日一番の逸品になった。

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