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個展『New Dawn Fades』3.22-4.2(3)

また個展のことです。何故いまになってこんなにくどくどと長文を書いているかというと、今回はステイトメントがないのです。そんな馬鹿な、と思われるでしょうがないものはないのです。

†I’ll Never Run Way

個展をやることだけは決まっていたのですが、肝心の中身を「これから撮るものでつくる」としか決めていなかったから、コンセプトはおろかステイトメントもなく、9月の時点では書き散らかした大量のメモ(CotEditorとUlyssesを愛用しております)だけがありました。

10月。大筋で決めたのは「自己紹介をきちんとしよう」ということでした。2022年にNFTに関心を向けたことも無関係ではありませんが、SNSを利用するか無視するかという点で、利用する派の僕はあまりきちんと自分のことを書き記してはきませんでした。おっさんの自分語りとか恥ずかしすぎるし、時事ネタと誕生日には触れないというマイルールもあったので、当たり障りなくふわっとタイムラインを低空飛行していました。

†Marian

まあでも世間って「自分語り」好きなんですよね。ペッタペタの低空飛行マンでも時折インタビューとかされちゃうんですが「訊かれたから答えているけど、自分から言い出したらけっこう寒いよなー」なんて思うことを訊かれるんです。正直そんなこと誰が興味持つのだろうと思うようなことが多いです。なにしろおっさんですから。

おっさん

そんな自意識過剰(としか思えない)な葛藤もありましたが、個展だからいっかと。というよりこういう機会を逃したら、おっさんの自己紹介が許される場面なんてないよなーと考えたわけです。

だからと言って作品自体にアソビを入れることはできません。こればっかりはダメなのです。でも少しアートから距離をとってパーソナリティを示せるような方法はないかと思いました。

写真って言葉のようなものだと思うのです。
多くの人がメモを書いたり、愚痴をこぼしてみたり、雑談や仕事の打ち合わせなど日々言葉を使い、もっといえば考えることさえ言葉に依っています。
でもその中で言葉を厳密な、あるいは狭義な意味で表現をすることに用いることのできる人は極めて稀です。(文章でメシが食えるというだけでもすごいことだと思っています)

こういう没カットがいっぱいあります

写真だって誰でも撮れます。たぶん文章書くより簡単です。
でもそれで対価を得たり、作品を求められるというのは少し別の話です。
同居人に「帰りに大根と牛乳買ってきて」と伝えられるからといって、小説が書けるわけではありませんよね。いや、書ける人いたらすみません。あくまでも僕の見聞の範囲です。頼まれもしない写真を撮って、それに値札をつけちゃおうってんですから、それなりに要件を満たしていなければなりません。そのうえでどこまで「自己紹介」の要素を差し込めるかなと考えた訳です。

作品タイトルになった曲のリスト

写真を撮り始めたのは老眼も進んだ40歳を過ぎた頃でしたが、頭の中でイメージするものは12歳〜16歳くらいにすでに出来上がっていました。その年頃に熱中していたのは音楽で、音楽を通して本や映画、美術をみていましたから作品のタイトルは当時聴いていた音楽(曲)のタイトルをそのままお借りしました。不思議なもので出来上がった作品に対応する曲は、迷うことなくすぐにから想起できました。この写真にはこの曲、もうそれ以外考えられない! そういう感じです。結果的に想起した曲のタイトルがギャラリーで展示するにはコンプライアンス的(あるいは21世紀のモラルを鑑みて)にまずいだろ、というのもありましたがタイトル変更はせず、作品の方を展示候補から外しました。だってPunxでしたから。

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