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「本の福袋」その4 『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 2011年10月

 本が大好きで、時間があれば本を読んでいる。通勤などの移動で地下鉄やJRに乗っている時はもちろん、昼食時にも頼んだ料理が出てくるまでの短い時間も文庫本を読んでいることが多い。これは昔からの習慣のようなもので、高校生の時には、退屈な授業だと思うと、読みかけの小説が気になって机の下でこっそりと本を開いていた。
 これだけ本が好きなのに、友人に自分が読んだ本を薦めることはあまりない。逆に、友人から本を薦められることの方が多い。でも、薦められた本を読むことは少ないし、薦められた本を面白いと思うことはもっと少ない。なので、友人の紹介で読んだ本で印象に残っている本、感動した本、面白いと思った本は極めて少ない。
 
 今回取り上げる『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』は、大学時代の友人から薦められて読んだ本であり、かつ、とても印象に残っている本である。単行本として出版されたのは1984年なのだが、読んだのは1991年に中公文庫から出版された文庫本の方である。
 
 この本は、ノモンハン事件から、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄戦までの6つの作戦をケーススタディとして、その敗戦に共通する本質的原因を探っている。戦いに敗れた原因を戦術や戦略に求めるのではなく、その作戦を遂行した組織に遡っている点が面白い。「日本軍の組織論的研究」という副題がついているとおり、組織論研究の本として読むべき本である。
 分析の対象となっているのは日本軍なのだが、読んでいると現在の日本の行政組織や企業組織の問題点を指摘されているような気になる。
 
過去の成功体験に囚われ、変化した環境を考えず、冷静に考えれば明らかに間違っている方策を採用しようとする上層部。明確な目的をもった戦略がなく、意思決定は属人的なネットワークに委ねられており、情報は軽視され、精神論がまかり通る。なんだか思い当たることが多い。
戦略の不在。日本企業の多くはまともな戦略を持っていない。業界におけるポジショニングを真剣に考えたことがないため、ライバル企業の真似ばかりしている。これではグローバルな市場で勝てるはずがない。
 信賞必罰の不徹底。褒めるべき人をきちんと褒め、罰すべき人をきちんと罰するのは当然のことなのだけれど、褒めるより貶すことの方が多く、それでいて経営者は経営責任を取ろうとしない。きちんと反省をしないので、また次も同じ失敗を繰返す。しかし、それでもその失敗の教訓は活かされない。
 形骸化した規則をそのままにしている。これはあちこちの組織にあるはず。
 データを無視した精神論。冷静に判断すれば無理なのは見えているのに、とくかく頑張ってやろう、やればできるという、竹槍で飛行機を落とそうというような発言をするリーダー。
 適材適所は建前で、重要な人事の大半は情実できまる組織も少なくないだろう。取締役会が社長の仲良しクラブになっている企業や、現在の経営方針に少しでも批判的な言動をすると左遷されるので、みんなYesマンになっているという話もよく聞く。
 
四半世紀のロングセラーなので、おそらくかなりの数の経営者や組織の管理職がこの本を読んでいるにちがいない。にもかかわらず、現代の組織が日本軍と同じような問題を抱えているのはどうしてだろう。この本が指摘している日本軍という組織が抱えていた本質的な問題は、変革不可能な日本固有の組織問題のように思えてくる。
 
 ちなみに、この本は、福島の原発事故後、何人もの有識者がブログやツイッターなどで取り上げたこともあってベストセラーの上位にランキングされ、最近また版を重ねているという。
 
 人に自分が読んだ本を薦めることはあまりないと最初に書いたのだけれど、この本は、経営者はもちろん、組織の中で働く人にとって必読のビジネス書である。ついでに、この本の続編である『戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』(日経ビジネス人文庫)もお薦めしたい。
 
 
【今回取り上げた本】
戸部 良一ほか『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』中央公論社 (中公文庫)、1991年8月、800円

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