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「小樽のモンブラン」にまつわる由緒と謎をつらつらとまた紐解いてみる。〜午後からの小樽ソロ旅行で、半ば感傷的に。

一応日付は跨いだし、程よい疲れもそれなりにこなれてきた。
 美味しいサラミは南樽市場の肉屋で買ってきた。夕食に
わずかになってたけれど栗原かまぼこのかまぼこもポツポツと並んでた。
(うちは大体母方の祖母が生きていた頃から小樽の蒲鉾は
かま栄ではなくて栗原かまぼこだったんで)

たまにまだバラ販売でパセリーノ・ジェノベーゼがあると
やっほい♪とは思う。

 まあ冷蔵庫にまだ開けてないサッポロクラシックはある。
開けるならあと一つ、旅行記の一つでも書いてから。

 ま、趣向の中心としてはこの記事の続きにして
一要素。

小樽へ四年ぶりに行って参りました。まずは画像
を中心にお裾分けと時節柄の連絡事項を纏めつつ、
ことりっぷ風に、自分なりに。|torov|note

JR小樽駅前の窓口案内と小樽ガイドマップのリーフレットはかなり役に立ちました。
 お陰で一つのタスクを恙(つつが)なく達成できました。

小樽へ四年ぶりに行って参りました。まずは画像
を中心にお裾分けと時節柄の連絡事項を纏めつつ、
ことりっぷ風に、自分なりに。|torov|note

が本日の主題。
 やはり「小樽のモンブラン」を食べるためには相応の
情報がないとアカンかったもんで。


JR小樽駅前の窓口案内にてテイクアウトではなく喫茶で
食べられる「小樽のモンブラン」をピックアップして貰って
まだ復活してるか確認が取れてなかった「館ブランシェ」で
食べられることを確認。営業時間まで把握出来たことが非常
に旅する上で役に立ったと。


「転ばぬ先の杖」として、一日乗車券と帰りの片道高速バスの
チケットを購入し、パンじゅうの正福屋でベビーカステラ
と共にパンじゅうは2個テイクアウト。
(ベビーカステラは『たこやき』にも福玉焼として出てくる
記述はあったから、多分後日やるかと)
 大体こんな感じか。


正福屋のぱんじゅう

こしあんがなく、結局チョコクリームとクリームにしたけど。

 雨も降ってたんで専らアーケードを伝い、西へ西へと。

ドラッグストアがココカラファインになってた。Edy使えた
のは助かったけど。軽く携帯するドリンク類を補充。
 そこからほどなくしたらもう「あまとう」だった。

https://otaru-amato.com/

あまとうも一時期は札幌市内に進出していたが、代替わり
して縮小し小樽に集中している姿勢は評価できる。
(逆に進出先にあったキオスクの甲斐性が減衰して確実に
病み衰えているのを察知しているな、ともいえる)

マロンコロンの新作にはレモン味があった。パールモンドールにも
モンデリカ、って同根の菓子があるけど、こちらは
歌にもなっている分知名度も高い。

柿本七恵が歌うテーマソングはよく「音楽処」に通って
いた頃買った記憶があるな。


「富士メガネ 小樽店」でメガネを調整し、
サンモール一番街の大時計へ。

 民鉄が維持できずに街頭の時計を外しまくってるてーげー
な世の中で、抗うようにこんな時計が健在な小樽にホッとする。

サンモール一番街の大時計

 で、午後からでも小樽行こうと思ったのは公共交通機関
圏内に碌な日本酒置いてるトコがないので、久々に酒商
たかのに来た、って事情があるのだけど、その話は後日。


 ちょうどその先の花園商店街のあたりにある桜が散りかけ
てるけどとても綺麗で。
 そんなこんな撮影してるうちに復活した「館ブランシェ」
に到着。

桜向こうの「館ブランシェ」


「館ブランシェ」

 表のショーケースが並んでるところで目当てのモンブラン
だけ注文して(現在の「館ブランシェ」は栗のモンブランも
出してたから、そこは一言言わないとダメだったんで)、
奥の喫茶部に移動して座る。

 深く沈む豪奢なソファが小樽の喫茶らしくて懐かしい。

で、アイスティーとのセットで出てきたのがこれだ。


館ブランシェでは現在一つ480円、あまとうでは380円で
小樽モンブランを出していた。
 であまとうはもう3年近く喫茶部を閉鎖していて、
小樽モンブランが奥の喫茶で行って食べられるのは、
復活した館ブランシェしかない。
(ケーキは一つ300円でドリンクとのセットって形で
食べられる。アイスティーは470円だった)

まあ文字起こしはこちらがしっかりやってるけどさ。

HBCのアナウンサーは内地出身のアナウンサーが殆んど
なので知る由もないけど、破綻する前の館は「館のケーキ」
として道内各地にも店舗があり、CMもバンバン出してる
メーカーだったから小樽モンブランを食べる機会も以前は
随所であったものなんで。
(でほうぼう探したけどつべで館のCM見つからなかった)

なのでさっぽろスイーツの2007年に洋菓子の館がグランプリ
で「白いティラミス」で受賞しているのは札幌市内のpals21や
円山などにもお店を展開していたからですね。


もんすけ調査隊(HBC)が新旧小樽モンブランを作ってた
3つの店にインタビューかけてその実像を明らかにして
いますね。


なもので、ちょっと館の小樽モンブランには郷愁と
弔いが少し入ってた。祖父母の家は円山公園駅から
少し歩いた先にあった。
 そこから何町か北に進むと「洋菓子の館」は
永らくあったので、祖父母の家に行って食べられる
ケーキといえばまず「館のケーキ」だった。

 そんな「館のケーキ」を象徴していたのがやはり
このモンブランで、チョコスポンジと上に乗っている
スライスチョコとクリームの溶け具合いが絶妙で
すごく心に染みた。

 時は経ち古のCMも見つからないほど埋没した
館は小樽の館ブランシェを除き倒産。祖父母の家も
亡くなり壊され、このウッドショック禍で跡地には
なかなか建物が立たなかったけど、母親はようやく
新たな建物が立った住居に月が明けたらお呼ばれ
するんだってさ。
 なのでそれまでにはこの「館のケーキ」を食べて
おきたかった。至極、心に染みた。

 小樽モンブランを食べて会計を済ませると、雨は
ぼつぼつ止んでいた。雨あがる。


 そして目的の酒「貴」を買って、桜の季節と
こいのぼりが混じった珍しい小樽の街歩きは続くのですが、
今宵はここまで。

「小樽のモンブラン」にまつわる由緒と謎をつらつらとまた
紐解いてみる、でした。
 やはり「米華堂」発祥ルーツで概ね解決している
と判断できたのは来た甲斐あったなと。

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