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ドラマ「俺の家の話」【第6話の感想と分析】 旅をしながら悲哀を晴らしてゆく物語は“夢幻能”そのものである

第6話は、常磐道を北上し、ハワイアンセンターへ家族旅行する回であった。歌謡ショーまでやってみせた今回の“物語構造”が、実は能楽の“夢幻能の典型フォーマット”と類似していると気づいたので、その点にフォーカスを当てて、まとめてみた。

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夢幻能とは

能楽の演目の種類には、“夢幻能”と“現在能”と呼ばれる大きく2つのジャンルがある。
そのうちの“夢幻能”とはどういうものかを調べたところ、『世界大百科事典 第2版』の説明文がわかりやすかったのでそちらを一部転載する。

典型的夢幻能とは次のようなものである。
(1)超現実的存在の主人公(シテ。神,霊など)が,名所を訪れた旅人(ワキ。僧侶や勅使など)に,その地にまつわる物語や身の上を語るという筋立てをもつ。
(2)前後二場に分かれ,同一人物が前場(まえば)は現実の人間の姿(化身)で,後場(のちば)はありし日の姿や霊の姿(本体)で登場する。


ここに書かれてある夢幻能の“典型フォーマット”が、“第6話の物語構造の下敷き”となっている事がわかるだろうか。
“共通項”をキーワードにして挙げてみると、まず、「旅人が土地を巡っている」ことから話しが始まり、「旅先の土地で人に出会う」ことが物語の起点になる。この旅先で出会った人の正体は「超現実存在(つまり霊や鬼)」で、普通の人間の姿をしてもいるが実際には霊で、「“在りし日”について語り」舞い踊るのである。

実際には観山家は“シテ”の流派なのだが、寿一(長瀬智也)たちは第6話では“ワキ”の旅人となり、柏、水戸、いわきといったそれぞれの旅先にて「寿三郎(西田敏行)との過去を語る霊たち」に出会う。

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この物語構造のありように共通性がある事は、“さくら(戸田恵梨香)の登場方法”によってより明確に視聴者に知らされる。
“突然ここにいるわけがない”さくらが目の前に現れて、“在りし日”のスーパー世阿弥マシーンに山賊だっこされた日の思い出を語りはじめ、呪いのように山賊だっこを要求し、それに満足すると“あっというまに姿を消して”いなくなってしまう。
ほら、あらためて書き出すと霊的なものを感じさせるだろう。
夜で、薄暗い画面作りだったことも、霊的な意図があったことを示しているといえる。

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能楽鑑賞の本質とは

それでは、能楽はなぜ、“旅人であるワキ”と“霊的であるシテ”を出会わせるのであろうか?
そこにはどういう狙いがあるのか?
それについて、知識人の大家である松岡正剛は、自身のサイト(千夜千冊)の文章のひとつで、“能楽の本質”とは「シテの抱えた悲哀や残念を、旅人(ワキ)との出会いをきっかけに、新たな再生に向かわせる物語」だと書いた。引用する。

さて、ここから重要なところだが、実は、能の本質はこのことを問うところ、すなわち「負ける」とはどういうことかを問うところから始まっている。多くの能は、人生がうまくいかなかったという事情をかかえた者たちの悲哀や残念を主題にしてきたのである。
 自分の力を過信して失敗してしまった者たち、他人の恨みを買った者たち、ついつい勇み足をした者たち、みずから後ずさりしてしまった者たち、自分の能力がうまく発露できなかった者たち、そういう者たちを主人公にした。能ではかれらのことを、「負けた」とは解釈しなかった。「何かを負った」と解釈した。そこに新たな再生がありうることを謡ったのが、多くの能の名曲なのである。
ワキとは、シテの残念や無念を晴らすための存在だったということになる。「晴らす」とは「祓う」ということでもあって、ワキはシテの思いを祓っている。無念な思いを祓うとは、いいかえれば、思いを遂げさせるということでもあろう。
こういう者たちの残念と無念にまみれた「負」というものを、あるときワキが晴らしていく。その能を舞台のこちらの見所にいる観客が見て、新たな再生を誓っていく。能とは、そのようにして発生した。そして今日まで続いてきた。

ややたっぷりと引用したが、今回のドラマとの共通性を感じとれるだろう。

◆ ◇ ◆ ◇

そして、ラストシーン。

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ステージの上に颯爽と登場した寿三郎が、人生の悲哀を「マイウェイ」に込めて歌いあげる様は、まさに能楽師観山家の“シテの大舞台”そのものである。
つまり寿三郎は、物語前半は“ワキ(旅人)”として振る舞ったが、物語後半のこのラストシーンでは今度は“シテ(悲哀ある霊)”を演じてみせたのである。

「うまくいかなかった人生だったが、語りつくすことで思いは晴れて、新たな再生へと向かう」

それはまさに、俺の家の話、第6話の物語そのものである。

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(おわり)
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