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覚え方、暗記法を考える

公立高校の入試問題は、力のある公立の先生が集まって時間をかけて作っているだけあって、とてもよくできています。特に感心するのは、丸暗記の勉強では解けないように上手に工夫されていることです。

例えば社会の歴史、出来事を起こった順に並ばせる問題がよく出ますが、年表を暗記しただけではまず解けないように作ってあります。歴史上の原因と結果の関係、ある事象があったから(例:遣唐使の廃止)、ある事象が起こった(例:国風文化)、その筋道が正確に理解できていない人は解けません。他の科目でも同様です。

どうやって子どもたちに大切なことを覚えさせたらよいのかという切実な問題をここで考えてみたいと思います。

★語呂合わせや頭文字(かしら文字)で覚える方法

塾を開いた当初は実績もないので、ずばぬけて成績が良い子はほとんど来てくれません。よその塾では見放されたような子が、最後の頼みの綱として頼ってきてくれたりします。そういう子に対しては、語呂合わせなどによる暗記法が有効です。どんなに歴史が嫌いな子でも、いいくに(1192年)作ろう鎌倉幕府だけは覚えているように(最近は、1185年だという説が有力ですが)。算数の速さの問題だとキ・ハ・ジなどが歓迎されるし(学校の先生が、キの下にジイチャン・バアチャンという覚え方を伝授したりすると子どもは大喜びです)、効き目もあります。

★本当に賢い子に暗記は不要

ある時、軽い衝撃を覚えた出来事がありました。
とてもよくできる子ばかり集まっている塾の先生とお話していて、理科の「電流の利用」の単元の教え方に話が及びました。その頃の私は、フレミングの右手や左手の法則を面白く覚えさせる方法なんかを考案して、子どもたちのうけもよく、得意になっていた時期でした。東大受験生がごろごろいる塾なので、どんな覚え方をさせているのか興味を持って尋ねたところ、その先生は一言、導線の周りに右回りの磁界が発生していること以外は教えない、つまり、右ねじの法則だけでコイルも電磁誘導も解かせているとのこと。
言われてみれば納得で、右手の法則にしても左手の法則にしても、右ねじの法則の、ある場面における転用にしか過ぎません。右手を丸めたり(右手の法則)、左手の指を伸ばしたり(左手の法則)は、いわば覚えるため、考えるための便法であって、本質的なことは右ねじの進む方向に磁界が発生するという現象のみです。

確かに、頭のよい子に派生的な技術をごちゃごちゃ教えるのは無駄というか邪魔、原理だけを理解させ、それを応用するやり方を徹底する方が理にかなっています。
ある年の大阪府の公立高校入試で、まさにそれを証明するような問題が出ました。1周だけ巻いた導線の、内部の磁界の向きを問う問題です。
一巻きでもコイルと判断して、右ねじの法則を使うなどという発想は、ほとんどの子の頭には浮かばなかったと思います。
導線の周りに同心円状の磁界が発生しているはずと、原理に忠実に考えた子だけが楽に解けたはずです。

試験後、受験生に聞いてみたところ、この問題は何を使って解く問題なのかわからなかったと言う人が何人もいました。正答率は低かったようです。

★暗記の不要な子はごくわずか

理想から言えば、その単元の本質的な理解とはなんの関係もない語呂合わせなどの暗記法は、学問としては邪道です。しかし、それを使ってあげないと勉強の基礎になる知識を習得できない、圧倒的多数の子どもたちがいます。
逆に、本当の知恵のある子には暗記法は時間の無駄です。そんなことには目もくれないで、学問の本質的な理解を深める方がずっとその子のためになる。しかし、それができる子はおそらく同年齢の子どもたちの何十分の1、何百分の1でしょう。
「人を見て法を説け」。
見極めの難しいところです。

(また余談です。生き方の賢愚も似たところがあります。いろいろなことを生(なま)かじりで知っている中途半端に賢い人は、大成しにくいのではなかろうか。本当に賢い人とは、人生の本質をぐいとつかむと、それ以外の些事にはこだわらない、生き方の原理がぶれない人のことのような気がします。)

私は、上記どちらの方法とも違う、「反対概念も一緒に覚える暗記法」、~の3原則といった「数でくくる暗記法」などは、賢い子にもそうでない子にも有効なものの覚え方の一つだと思って活用していますが、これは暗記法というより知識の整理法でしょうから、また別の機会に。

俊英塾代表。「塾学(じゅくがく)」「学道(がくどう)」の追究がライフワーク。隔月刊誌『塾ジャーナル』に「永遠に未完の塾学」を執筆中。関西私塾教育連盟理事長。