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[読書記録]宝物のような物語を噛み締めて進む「猫を拾いに」を読んだ

私は川上弘美さんの短編集が大好きなのです。
といっても、ずいぶん長いこと読んでいませんでした。
本棚を何度整頓しても、必ず手元に置いておくことに迷いがない川上さんの本は何冊かあります。
川上さんの言葉選び、文章の運びがとても好きなのです。
全ての物語が、細部まで全てを語らない感じ、80%でこちらに委ねてくれるという感じで進む優しいものなのです。
その読後感を例えると、ホットケーキを焼いた後、キッチンに広がるおいしい匂いのようです。
長く余韻に浸れるので、もったいないと思いながらゆっくり、ゆっくりと読み進めます。

今回特に大好きだったお話


「朝顔のピアス」

こんな風に歳を重ねられたらいいな、と思う65歳の「恵子さん」。
私も「恵子さん」に出会ったら、きっと何かが変わってしまうだろうな、と思います。
「恵子さん」に鉤括弧がついているのは、「恵子さん」は本当の名前ではなくて、このお話の主人公が想像してつけた名前だからです。
「恵子さん」にきっと重要なことを教えて貰ったのだろうな、と思います。
私もそうです。


「誕生日の夜」

とても羨ましいお話です。
私も自分の誕生日、何もいらないので、「地球外生物らしき浅葱色のぼやけた存在」(散らかった部屋をおおかた片付けていってくれた)や、「地獄から来たおばあさん」(地獄の神様?)や「白鳥座デネブ近く出身の坂巻くん」に遊びに来てほしいな。
そして私の知らないことをいろいろ話して、自分が感心する様子を思い浮かべると、それはそれはうきうきします。
(*坂巻くんは「新年のお客」にも出てくるのですが、それがまたとりとめのないお話でとても良かったです。
坂巻くんは坂巻くんとして恋人に受け入れられたので奇妙なお仕事も人に頼まなくなり、そこのところもふんわりした気持ちになりました。)


「猫を拾いに」

ご近所関係がたまらなく心地良いです。
ご近所の平均年齢75歳、小さなスーパー「やまもと」(開店は6時)、90過ぎのおばあさん「福本さん」、福本さんのいとこの「福本ダッシュ」(創作スイーツを作るのが趣味)。
みんな魅力的で生きる力が強く、にっこりしてしまいます。
私も、樹医院の森に猫を拾いに行きたくなります。


「クリスマス・コンサート」

「旅は、無料」(クリスマス・コンサートの主人公の女友達のお話)を読んだ後、前に戻ってもう一度読み返しました。
「サンタクロースがいい子のところに来る、というのが感じが悪い」という子供時代を過ごした公務員志望の坂上さん。
「えらいよなあ」と言われてむっとする坂上さん。
坂上さんのことが好きな伊吹くん。
でも思い込みから決して気がつかない、「ちょっとにぶい」坂上さん。
お話は坂上さん視点なので読んでいる方もなかなか気がつかず、笑ってしまいます。
というか坂上さんの方が「ない」という感じでした。
じっと相手を見て時を選ぶことは、とても大切だな、と思いました。


「九月の精霊」

あの世の伯父さんや伯母さんがお盆になると毎年帰ってくるお話です。
あの世もこの世もそれほどの境界線はないのかもしれません。
そのものそのままを受け入れる柔らかさと優しさと強さ、私も持って生きて行きたい、と思いました。


「ラッキーカラーは黄」

いわゆる下の名前で呼ばれるのがとても苦手な「女の阿部さん」のお話です。
途中「女の阿部さん」である「さゆりさん」がわざわざ「さゆりさん」と呼んでくる上司に「ゆかりさん」と呼んだところがすごく面白かったのだけど、最後のミドリガメ10匹のところがすごくスッキリして面白くて大好きです。
自己完結できる人って本当に素敵です。


特に好きだったものの感想を載せましたが、どのお話もどこかあたたかく、やっぱり余韻は「ホットケーキの匂い」のようなのです。
やっぱり川上弘美さんの短編集が大好きです。
噛み締めながら大切に読みました。



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