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[読書記録]いとの森の家(東直子) / オケラの気持ち

福原先生が仰った「オケラの気持ちになりなさい」、がそのままおハルさんの気持ちなんだろうな、この舞台とその気持ちがこのお話の肝なのだろうな、と思いながら読み終えました。
子どもの目線で描かれた、純粋で心温まる、とても良いお話でした。

舞台は自然豊かな福岡県糸島市。主人公加奈子ちゃんはそこで輝く1年間の貴重な日々を過ごします。
周りにそう導く大人がいれば、子供には誰かに気持ちを添わせることができる、子供にはやっぱりそんな純粋な優しさと、強さがきっとあるのだと思います。

加奈子ちゃんが、蛙の礫死体を踏みながら歩く時の「乾いてしまえば財布の皮と一緒」と自分に言い聞かせるところ。
オケラデビューのところで「私も、この村の子どもになるのだ。」と鼻を膨らませて決意に満ち満ちている様子。
ホタルをはじめて見た時の「今日から私は『ホタルを知っている子ども』になれるんだと思うと、鼻の穴が自然に膨らんでくる」、という興奮。
それに、想像力豊かで素直で優しい咲子ちゃんとのやりとり、習字の中津先生の「本読んどるあいだは、そっちの国の人間になれるけんね。」…。
子供の頃の自然と共に生きるきゅっとするシーンがたくさん詰め込まれていて、永遠に子ども時代が続けばいいのに、このお話が続けばいいのに、と思いました。

おハルさんという女性にも心を奪われます。おハルさんにはおハルさんの生きてきた道があって、おハルさんご自身がしていることを、加奈子ちゃんや咲子ちゃんが聞きに行って、それをきちんと話して聞かせるところも、とても良かったです。おハルさんを良く思わない人もいるということも理解できますが、子どもの視点でそこには殆ど触れずにいるのもこの物語のとても良心的な部分だと思いました。

咲子ちゃんが死刑囚の人のために祈らなかったこと、それを「わたしは、お祈り、は、しません」と泣きながら正直に言えたこと、そんな咲子ちゃんが咲子ちゃん自身の気持ちにも心を痛めたこと…。咲子ちゃんが加奈子ちゃんのお友達で、二人はとてもお互いを尊重していて、二人でよく考えて、恥ずかしがりながらも素直に語り合っていて、胸が熱くなりました。


また、物語に出てくる死刑囚の俳句として

布団たたみ雑巾しぼり別れとす
風鈴やほんとのことがいえなくて

「いとの森の家」東直子より

などが紹介されます(おそらく実際のもの)が、私の気持ちも言葉にはできない複雑なものになりました。この私の気持ちにも、答えはどこにもないのだと思います。

何かを畏れながら、それでも受け入れて、別の何かを精一杯愛おしんで生きる、ということが、私自身にもとても身近にあるのだと認識するお話でした。

昔はすぐになんでも不安な気持ちを感じる自分が、私自身とてもいやで、早く大きくなりたいと思っていましたが、今ここへ来て、何かを正しく畏れることはとても愛しいことだと思えるようになりました。何かを畏れながら生きることは私にとって丁度いいことなのかもしれません。
後ろを振り返ったり、何かを畏れたりせずに生きることは、私にはできない、と私が自分を認められるようになったのだと思います。

山も田んぼも神社も海も、とてもあたたかい、でもそれだけではない、忘れられない素敵なお話でした。
加奈子ちゃんの心理描写はとてもリアルで、保健室の布団の軽さとか、自転車で転んで膝から血が出る感じをリアルに思い出しました。

東直子さんって歌を詠まれる方なのですね。はじめて知りました。短歌も読みます!楽しみ!

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