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[読書記録]私にふさわしいホテル(柚木麻子) / 加代子さんの飽くなき戦い

和室に置かれたベッドというのは、胸がきゅっとなるほど愛らしい。古風な鏡台、窓辺のデスクに飾られた一輪のバラ、籐椅子に挟まれたテーブル、銀のカトラリーと瑞々しく光るオレンジ、枕元の「みず」とラベルの貼られた銀色の水差しを見つめ、もう一度、ただいま、とつぶやき上半身を倒した。

「私にふさわしいホテル」柚木麻子より


冒頭山の上ホテル、「昭和の文豪が愛したホテル」、それを聞いただけでワクワクします…!調度品や建具の細工、想像するだけで建物のひんやりする感じ、物語が溢れるようなひとつひとつの部品。憧れます。泊まってみたいなぁ。柚木麻子さんの描く重厚な建物って描写が目に浮かぶようでとても夢があります。一人旅の静けさに忘れてまった何かを思い出しそうで、旅に出たいな、と思いました。

そういう建物、主人公加代子さんには、憧れであり、でもそれと同時に人生を転換する立派な舞台です。加代子さん、飽くなき戦いの前には、心地よくそれを壊しにかかる、というか、建物だけではなくて、出てくる食べ物、飲み物、高級な場所や小物…、何もかも加代子さんにとっては憧れであり、ただそこにある物であり、自分が生きるための道具であり…。加代子さんが死に物狂いで生きるためにはそれもありなんだろうな、となってくるから、加代子さんの生きて戦う力って凄まじく不思議です。

本を読んでいて、主人公のお腹の底から湧いてくる力が伝わってくると、私もなんだかとても力が湧いて、どんな挫折も、次はどんな方法で立ち上がるのかな、と固唾を飲んで見守ってしまいます。
泣いたり落ち込んだりして、そして底に辿り着いてバウンドしたら、笑ってしまうほどクルッと気持ちを入れ替えることのできる様子は、私もなんとかして手に入れられないかな、と思うほどのパワーです。すごいんだよなあ、これが。これに励まされます。そして意外なところで「へ?!」となってちょっぴりオチる。励まして奢って貰ったと思ったらその代金は主人公払いだったり。「ふふ!」となります。

後半も後半で私はちょっと笑いながら「やば」、と声にならない声で言いました(全編にわたってわりとあります、笑)。すごいのですほんとにこの主人公加代子さんの行動力。そばで見ていたら疲れ切るだろうし絶対に巻き込まれたくない嵐だけれど、どうして本で読むとこんなに客観的に面白いと思えるのかな。これぞ小説マジックです。

それにこの加代子さんの行動力が周りを奮起させて、少し物事の歯車の回り方を変えてしまう。歯車の回り方って少し変わるだけで、すっかり周りをきれいにしてしまったりするのですよね。
終わりも良かったです。スッキリします。

実在する作家さんもたくさん出てくるし、本に関する賞レースの裏側や、作家さんと編集さんの関係、作家さんと作家さんの関係も描かれていて(どこまでリアルかは私には分からないことなのでそれはさておき)、そのあたりもとても面白かったです。

サンタクロースのところあたりから(この作戦はどうしても私は賛成できませんが)、東十条さんのことがどうしても憎めないキャラクターになっていって、最後までとても良かった!

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