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[読書記録]始まりの木(夏川草介) / 受け止めたい

牛乳石鹸の文庫本カバーが欲しくて、書店の開店時間に合わせて近所の大型スーパーへ出かけました。
先に店員さんに「二種類のカバーが欲しいのですが、二冊買ったら二種類頂けますか?」と、確認して、うきうきと本を選びました。こういう時はどんな文庫本でも出会いだから、と下調べもせず出かけます。
平積みにされている本の中から、「始まりの木」を手に取りました(もう一冊は凪良ゆうさん)。今年は流行りなのか月や木との出会いをなんとなく特別なもののように感じていたので、帯の言葉「木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語です」にすっと自然に手が伸びました。

本を読み始めて、嬉しくなりました。「また出会ったな、柳田國男先生!」と。
「巨木信仰」、私の中のどこかにもそういった概念が確かにあります。生まれた家の側にあった大きな銀杏の木、産土神様の巨木、今、側にある楠の木。

「今の世の中は、何が正しくて何が間違っているかが実にわかりにくくなっている。だが君も生きていれば、わかりにくいとわめいているばかりでなく、わかりにくい中から何かひとつを選び出さなければならない時が必ずやってくる。そんな時、民俗学は君に少なからぬヒントを語ってくれるはずだ」

「始まりの木」夏川草介より


「神の存在を説くことも、神が存在するかどうかを議論することも、私の興味の範疇にはない。私はただ、神を感じることができなくなった日本人がどこへ行くのか、それを知りたいだけだ」

「始まりの木」夏川草介より


とても、とても良かったです。
私も探しているであろうことの端っこが見えかけたような。私が生きる中で、それがたとえ流れる膨大な時代の渦の中のほんのいっときであったとしても、この一瞬に何かを探し続けることは無駄ではないのかもしれません。
私という小さな存在には説明出来ないけれど、それでも何かを解りたい、何かを掴みたい、という想いを夏川草介さんはきっと言葉にして下さったのだ、と思いました。

古屋先生の言葉の端々に滲む愛を、大きな暗闇の海原を照らす灯台のような微かな灯りを、深く受け止めたいと思います。

お勧めしたいです。

ところで秋になっても俄然柳田國男先生や、民俗学的な探究の心が衰えません。
たくさんの出会いを通して、思考を深めたいとまた強く思いました。

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