5月8日 作品がよくなるかどうかは、プロデューサー次第ですって

広井王子「プロデューサーと、現場を支える人たちが、どれだけ手を握れるか。成功するかどうかはプロデューサー次第で、ダメなものは、プロデューサーが悪いんです。僕は『サクラ大戦』で初めてプロデューサーをやりましたが、本当に勉強になりました。」
(ファミ通No1587 104ページ)

 ですって。
 作品がよくなるかいまいちになるか、現場の足並みを揃えることが第一。
 ぶっちゃけ、いまいちな着想でも、スタッフが足並み揃えて本来の力を発揮でいれば、そこそこいい作品に化けたりする(しょーもない着想……具体的にどの作品のことか言わないけど)。
 でもプロデューサーのお仕事っていまいち表に見えてこないものがあって……。無能のプロデューサーがいても、責任を取るのは監督とか脚本とか。責任取って業界を去るのは、現場の人だけ。表から見ても、プロデューサーが有能か無能か、なかなか見えてこない。わからないから、私たちは監督や脚本家を攻撃しがちだ。

 アニメの世界にも無能プロデューサーというか、クソプロデューサーって本当にいるらしくて。
 例えば「有名スタジオが新作を発表する」と聞くと、似た作品を出してきたり、「ヒット確定の有名原作がアニメ化」と聞くと、先手打って有能なアニメーターを押さえといて、有名原作のアニメ化のほうにいいアニメーターがいかないようにしたりとか……。
 そういう立ち回り方をするクソプロデューサーが本当にいる……という話を前に聞いたことがある。
 でも、どこのプロデューサーがそんなクソみたいな立ち回りをしているのか、私たちは知りようがない。

 ところで、ゲームの現場でもアニメーションの現場での、誰もがスーパーウルトラ級の技術を持っているわけではない。確かに普通の人よりかは鍛え上げられた技術を持っているけど、本当にすごいやつ、本物の天才はほんの一握り。絵の下手くそなアニメーターっていますよ。
 でも不思議なもんで、最終的に映像になったアニメを見ると、技術的なバラつきをほとんど感じさせない。
 こういうのが集団制作の強み。集団制作だからこそ、持ち上げられたり、平均化したりするものがあるんでしょう。
 こういうところでも足並み(クオリティ)をきっちり揃えられるのも、プロデューサーの役割なんでしょうね。


とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。