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8月映画感想 スティーブ・ジョブズ

 監督:ダニー・ボイル
 脚本:アーロン・ソーキン

 さて、どんな映画かなー……という感じで見始めたのだが、ちょっと特殊な構成の映画だった。
 まず1984年のMacintoshの発披露会直前の舞台裏で起きているゴタゴタが描かれる。これがたっぷり40分。やっとこさゴタゴタが終わったと思ったら、時間がさっと流れて、次は1998年NeXTcubeの初披露会直前のゴタゴタが描かれる。やっぱりおよそ40分。それがやっと終わったと思ったら、次は1998年iMac初披露会直前の様子が描かれる……。
 新製品発表直前のゴタゴタが延々描かれ、肝心の「本番」が描かれない。いよいよ始まる、ジョブズが舞台に立つ――その後、商品がどうなったか短い報告のようなシーンが挟まれ、次の発表会のシーンへと移る。
 最初の方は構成の意図がよくわからなかったから、だいぶ困惑した。2幕目に入ってしばらくしたところで「ああ、そういう映画なのか」とやっと了解。しばらくは「どういうこと?」となる映画だった。

 新製品発表直前の舞台裏で何が起きていたか――。これを描く映画だが、ちょっと作り物めいているというか、「舞台劇」っぽい印象がある。ゴタゴタしている感じを出そうと、どうにもオーバーにしすぎている印象がある。なによりも、大事な発表会直前に妻がやって来て、子供の認知の問題や養育費の問題で口論し始めるのはさすがにそれはないだろう、と。発表会直前だというのに、製品の不具合で合成音声が出ないとか、さすがにそこまで準備不足なわけなかろう、とも思うし。
 どうしてこういう構成になっているか……たぶん、ジョブズの人物像を掘り起こすためだろう。舞台の登場人物は大雑把にまとめると、ジョブズの秘書、現場で働いている技術者、妻と娘、古くからの友人、CEOの5人くらい。それぞれの対応で、ジョブズがそれぞれの人物に対してどんな印象を抱いているのか、抱かれているのかが見えてくる。
 スティーブ・ジョブズについて、私は詳しく知らないわけだが……断片的に聞いていた通り、「天才のクズ」あるいは「世界で有名なクズ」として描かれている。
 現場で働いている技術者を一切尊重しない、敬意を払わない。それどころか自分1人の功績のようにしてしまう。古くから一緒に働いている友人に対しても高圧的。妻に対しても一歩も譲らないどころか、幼い娘相手にもマウントをかけようとするクズっぷり。唯一CEOはジョブズとの理解者として、そこそこ友好的だ。
 作品が意図している暗喩の全てを読む解くことはできなかったが……「色」も何か意味あるんだろうな……。1幕目は「緑」。まだ希望がある、これからがある色。2幕目は「赤」。ジョブズが転落していく姿が描かれる。Macintoshの大失敗で会社に大損害を与えて、友好的だったCEOと対立し、失業。妻と娘とも対立が激化する。3幕目は淡いグリーン。ようやく関係の回復が描かれ始める……。

 凄いのはジョブズのとんでもないクズっぷり。誰に対しても高圧的、敬意を払わない、人情を見せない。常に誰かを怒鳴っている。映画だからわかりやすくオーバーに描いているのではなく、どうもジョブズは本当にあの通りだったらしく……。
 2幕目に入って、ジョブズの立場はガタガタと崩れていく。友人が去って行き、技術者が愛想を尽かせていき、会社とは喧嘩し……。追い込まれていくが、ジョブズは一歩も退かず、怒鳴り返す。見ていて「うわー……」とドン引くレベルのクズ。
 ジョブズは反省もしないし、過ちを認めない。MacintoshにしてもNeXTcubeにしても失敗だったし、周囲から指摘されてもまるで気にしない。ジョブズが気にしていたのは製品の「性能」ではなく、美しいかどうか。拡張可能かどうかではなく、それ単体で自己完結しているかどうか。NeXTcubeはスペックはろくでもないし値段は高いのに、見た目にやたらとこだわり、こだわりすぎて何かおかしくなっていく(ただ、デザインは確かにめちゃくちゃ格好いい)。
 唯一、娘がジョブズの心を溶かしていく。最初はぎこちなく接していた娘だったが……いや娘とはずっと距離があったままだが、娘が何気なく見せた行動や言葉で少しずつジョブズという人間を変えていく。この関係性がラストに思わぬ感動を引き起こしてくれる。

 映像の作りもダニー・ボイル監督らしい、トリッキーな画の見せ方が面白い。幕間にジョブズが放った商品がどうなったか、その顛末が描かれるが、この描き方が格好いい。
 2幕目始めの、壁にフォントが現れていき、音声が流れる演出。3幕目直前のニュース映像の使い方。
 本編中でも、イメージ映像が画面に投射されたりするわけだが、この描き方も格好いい。1幕1幕が40分もあり、しかもずっと同じ場所で、場面設定的には退屈なわけだが、うまく味付けがされている。
 編集の使い方もトリッキーで、「現在」の映像と「過去」の映像が矢継ぎ早に連なり、ちゃんと相互のセリフや意味が重なって1つのシーンとして成立するように作られている。こんなシナリオ、よく書けたな……勉強になります。

 3幕目は伝説的なiMacシリーズ。私はMacユーザーではなかったが、この商品のことはよく憶えている(欲しかったもの)。とにかく見た目が格好いい。低価格なのに、そこそこ性能が高い。iMacシリーズは当時のPCとはとしては売れに売れて、アップル社復活の切っ掛けを作ったし、このシリーズの後、現在においてもアップルは商品に「i」を頭に付けている。この商品を知っている世代なら、あの半透明の筐体を見た瞬間、「おお!」となる。
 ただ、結果的にジョブズはずっと同じことをしていたのだなぁと気付く。本体は分解させない。拡張性は不要。それ単体で自己完結していること。自己完結していることの美学。
 後にアップルはiPod販売を期に音楽配信iTunesをスタートさせるが、アップル社製品の中で完全に閉じたサービスだった。しかし、iPodが売れに売れたので閉鎖していることを気にする必要がユーザー側にはなかった。
 結局のところ、デザインと両立したスペック。それからユーザーが不満を抱かない程度のサービスの充実さ。自己完結した要素を全て整えるために、10年の歳月が必要だったのだ。ジョブズの理想を実現するための、苦闘の10年だったのだ。

 それで、同じようなシーンを延々40分×3というかなりとんでもない構成の映画だが、実際はかなり面白かった。ジョブズの人物像を掘り起こし……それがとんでもないクズなのだが……一度大きな転落を経験し、そこから回復しようという経緯が描かれている(それでも最後まで技術者への敬意を見せなかったのはまずいと思うが……)。きちんと転落と回復のドラマになっている。ジョブズという人物があまりにもクセがありすぎる、存在感がありすぎる、ジョブズという人間性のおかげでというのは大きいが、かなり引き込まれる映画だった。

8月21日

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