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細めの雪にはなれなくて 5 第一部

 中学校2年の夏。晴れ切った空から差す日差しで外はうだるような暑さの中、その年の5月に新しくできたショッピングモールの中にあるイーティングスペースに、かおりと恋人の高崎、そしてかおりの幼馴染の孝一の姿があった。恋人の二人は私服姿、孝一は部活のジャージ姿で、テーブルを囲んでお茶をしている。かおりと孝一は冷たいカフェオレ、高崎はホットのブレンドをそれぞれ注文し飲んでいるようだ。その空気は、他の客から見ると中学生が休日に3人仲良く遊んでいるように見えるが、その実三人は、それぞれに別の理由で微妙な心境の中にあった。

 元々幼馴染で、家も隣同士という間柄のかおりと孝一は、小学生時代は学校が終わってからも週に一度は放課後一緒に遊んでいたが、中学生になってからはめっきりそういうこともなくなり、学校内でも積極的に話すような機会が減っていた。かおりは囲碁部、孝一は卓球部に属しており、それぞれ忙しいこと、新しい友人ができたことにより少しずつ物理的に顔を合わすこともなくなっていたのだ。しかしそれでも時折会えば以前通りの二人であったし、当然仲が悪くなったわけでもない。むしろ孝一にとってはかおりが、未だに想いを伝えられていない初恋の相手である為、寂しい思いさえあった。

 では、この日のこの不自然な三人でのお茶会は、なぜ開催されることになったのだろうか。それぞれに説明をすると、まずかおりと高崎の二人は付き合い始めてから数か月、一年には満たないながらも順調に関係を深めていた。しかしあくまで地方の街に住んでいる二人は、休日にデートに出かける場所もそう多くはない中で隣街に映画館が併設されたショッピングモールができたことを知り、二人で映画でも見に行こうということになった。孝一はというと、その日卓球部の午前中の練習を終え帰宅する途中、友人間で近頃話題に上がることの多かったショッピングモールがどんなものか少し周ってみようとふと思い立ち、一人でいつもの帰宅方向から外れて自転車で訪れたのだった。そして孝一がショッピングモール区をさらっと周り終え、乾いたのどを潤そうと映画館との境にあるフードコートに寄ったところで、かおりと高崎が二人で映画館から出てくるところに出くわしてしまったのだった。

 かおりは出くわした孝一に少し動揺し、声をかける。「あっ、考ちゃん久しぶり。何してるの?ひとり??」すると孝一は、あらゆる焦りを気づかれまいと笑顔を繕いながら「いや、うん、部活帰りに寄ってみただけなんだけど。あのーまさか高崎君と、そのー…何してるの?」と尋ねた。高崎はかおりにひそひそと何か聞いた後、孝一に切り出した。「佐藤君、学校でもそこそこ気付かれだしているけど、実は麻生さんと僕は去年から付き合ってて。できればあまりその、学校で他の人に言ったりしないで欲しいなあ、って思うんだけど。二人は知り合い??なの?」代わりにかおりが答えた。「幼馴染。」知り合いどころか、僕にとっては初恋の人です、なんて孝一が言えるはずもなく、孝一は動揺を抱えながらこの場をどう立ち去ろうか考えていた。

 知らなかった。かおりも以前ほど頻繁に遊んだりすることもなくなったが、恋人ができたことくらいは伝えてくれてもよかったのに。孝一と高崎は同じクラスだったが、特に仲が良かったわけでもなかったのでそこから気付くこともなかった。するとかおりが何を考えたのか、あるいは彼女もなんとなくの気まずさから逃れたかったからなのか、こう提案した。「考ちゃん、言ってなかったけど実はそういうことになってまして…。せっかくだからよかったら三人でお茶しない?」孝一は戸惑った。自分は早くこの場から消えたかったのだ。こうしてかおりの提案により三人はお茶をすることになった。

 かおりとしては特別孝一に恋人ができたことを隠していたわけではなかった。ただ、わざわざ言うのも不自然な気がしたし、葉子も割とすぐ気付いたので孝一もその内気付くだろう、そう考えていた。男は割とこのあたり、女性より鈍感なことが多い。かおりは正直、高崎のことがその時点では少なくとも好きではあったし、高崎もそれは同様だった。思春期に数か月、恋人として過ごしたのだ。やはりかおりにとって高崎は特別で、また初めての相手でもあった。孝一が本音では何を思っているかはわからなかったが、驚いてはいても祝福してくれてるんだな、と思った。

 その日は会話の内容としては恋人二人の話がメインで、孝一がそれに対して苦笑いで答え、あとはかおりと孝一の幼い頃の話をした。最初の気まずさは徐々に消えていった。そうして時刻は午後四時を過ぎ、それぞれ解散することになった。

 「じゃあ、またね。」かおりは孝一に向って言うと、孝一は笑って手をすっとあげるそぶりをした。かおりはとなりの恋人と傘一つで歩き出す。振り返ると、残されてそっと自転車のハンドルに手をかける幼馴染のとなりに、幼い日の自分がいるように見えた。弱めの白雨があたりを少ししっとりとさせる中、降り始めの雨の少し甘いアスファルトの匂いに、恋人と寄り添って軽いはずの自分の足がもつれそうになるのを感じた。

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