シカとミミズのエレジー
(やはり二足獣は相入れない生き物だな…)
カミュは小さくため息を漏らす。角と角の間にシワがよる。
テレビやネットはこう伝える。
『農作物が荒らされている問題が深刻』『被害は数十億円』『車や電車などとの衝突による交通事故が増加』『森林の下層植生を食べつくすため、集中豪雨の発生による山林崩壊が都市災害につながる』etc
かつては「聖獣」とまで言われ、絶滅を危惧されたカミュ達だが、今では畑を荒らす獣害の親玉としての地位を不動のものにしている。今はこう呼ぶ…害獣と。
(森林被害?人身事故?まったく自分のしてきたことを忘れたか?)
森林伐採、開発、建設を繰り返す。土を覆い車や電車を走らせる。雨で山が崩れる原因は、ずっと昔の彼らの行為に他ならない。やはり自分たちの都合の良い方向にしか頭を使えない(使わないのではなく使えない)この生物とは相入れないと、あらためてカミュは思った。
カミュには、自分たちと他の生物を決して同列にしないこの二足獣の所業を理解してやれるほどの度量は、恐らく無い。
(とはいえ…)
額にうっすら汗を感じた。
(いくらなんでも、食すとは…)
農作物を荒らすものとして捕獲。罪悪感を忘れさせる「ジビエ」という呼び名(というか料理名)で、まるでブームのように食される仲間を思う時、カミュも冷静ではいられない。
そもそも地球は誰のもの?食物連鎖を破壊しているのは誰?だれ?ダレ?
「"ヒト"さ。」
部屋に入ってきたバニーが、二足獣の別名を答えた。
彼もまた、窮地に追い込まれた仲間のココロに光を灯す者。
「地球はやつらのものだからな。やつらの畑を荒らす我々"シカ"は食われるのさ。」
「かつて我々を保護し、種を守ろうとしたんだ。それを食すことに抵抗がないとは…。」カミュのシワは解消されない。
バニーをそれを聞き流し、半笑いで尋ねる。「決行日は決まった?」
カミュは小さく答える。「2019年12月。」
夏。マンションの敷地に、毎朝ミミズの干からびた死骸が散乱する。夕方帰って来ると、死骸はもう無い。清掃員が、箒と塵取りで回収し、ゴミ袋に入れる。彼らは大地にも帰れない。
"ヒト"が歩きやすいようにとインターロッキングが施された上で、ミミズは土に潜って熱射を回避することすらできず、カラカラになって死ぬ。生物が生をまっとうできない不条理が広がっていく。
コ◯ナウイルスを蔓延させたのは誰だろう。
"ヒト"に鉄槌を下すべく画策したのは誰だろう。
地球を守ろうとしたのは、いったい誰なのだろう。
哀歌(エレジー)はまるで水の如く、今日も流れる。