シェア
編集工房けいこう舎マガジン
2022年4月23日 18:22
壺井栄をナメるなよ !(その9) 栗林佐知→(その8)からつづき■ 泥沼の「草いきれ」論争 じっさい、徳永直の作品「草いきれ」は語るに落ちる。 子持ちの独身男がどんなに大変かは身に迫る。しかし、《経済力が同じなら男やもめは女やもめよりはるかにみじめである》p39 という見解はいかがなものか。そんな母子家庭が何軒あるというのか。 それに、自分の靴下を繕い、きんぴらをつくるのは、
2022年4月9日 21:47
壺井栄をナメるなよ !(その8) 栗林佐知←(その7)からつづき■ 「草いきれ」 先ほど、「妻の座」についてたくさんの論評がでたのが、“少し後のことだ”と言ったが、この“少し後”のことについて話そう。 壺井栄の「妻の座」の連載終了・出版は、1949年だが、その「論争」が起こったのは、1956年の後半~57年のはじめのことだった。 以下、順を追う。 『妻の座』刊行から2~3年の間、
2022年4月3日 01:08
壺井栄をナメるなよ !(その6) 栗林佐知←(その5)からつづき■ 主婦を大事にせよ! というフェミニズム 当時の女性読者からも指摘があるように、「ミネ」=栄の結婚観は、やはり、今日の私たちの目からも、いかがなものかと思われる。 小説「妻の座」は、まごうかたなきフェミニズムの叫びだが、壺井栄じしんは、「家族制度は女を不幸にする」といった思想を持っているのではないのだ。 娘時代、郵
2022年4月3日 00:34
壺井栄をナメるなよ !(その5) 栗林佐知←(その4)からつづき■「妻の座」への評価 それにしても、このモデルになった出来事は、いろんな点で「変ちくりん」である。 「妻の座」については、のちに(後述)、さまざまな論評が登場したが、その多くは、モデルとなった人々の行動への批判のようだ。 そして、当時の男性評論家でさえ(いや、1970年代以降の男性より、1950年代の男性のほうが進歩
2022年3月27日 02:23
壺井栄をナメるなよ !(その4) 栗林佐知←(その3)からつづき■「妻の座」のあらすじ 「妻の座」は、そんな栄の戦後の停滞期の中で書かれた、特別な作品だ。 まず、内容、あらすじを追ってみよう。 ……4人の子どもをかかえ、愛妻を亡くして困っていた「野村」(モデル:徳永直)は、「裁縫ができて優しい人」を紹介してほしいと、同じく進歩的な作家仲間である「ミネ」(モデル:壺井栄)に頼む。
2022年3月20日 19:15
《注》●(その1)*1)徳永直の「妻よねむれ」は、1946(昭和21)年3月の『新日本文学』創刊号から連載開始。ただし、「妻の座」初回が掲載された1947年7月号には「妻よねむれ」は載っていない。「妻の座」の第2回は、「妻よねむれ」の連載終了(1948(昭和23)年10月)後の1949(昭和24)年2月号に載り、以後、7月号までつづいている。だからつまり、「妻の座」と「妻よねむれ」は、一緒の
2022年3月20日 19:00
壺井栄をナメるなよ!(その1) 栗林佐知■ニコニコ顔のおばさん作家 壺井栄の名を知らない人は、あまりいないだろう。 国語の教科書でその作品を読んだことのない若い人でも、映画「二十四の瞳」の原作者、といわれれば、そのイメージを呼び起こすことができると思う。 「台所からエプロン姿で手を拭き拭き現れたニコニコ顔の善良なおばさん」(鷺只雄『評伝 壺井栄』翰林書房、p7)といわれる、えくぼが