見出し画像

私訳:君死にたまふことなかれ

泣いている
生きろ

こんな世界に生まれてしまった
こんな世界に産んでしまった
誰にも銃口を向けてはいけない
誰をも殺してはいけない

生きるための術ではない

どんな街も
どんな仕事も
どんな歴史も
血脈も

死ぬな

何処の国が滅ぼうと
何処に境界線を引こうと
殺す術などあり得ない

生きろ

神は自ら銃を持たない
誰にも銃を向けたりしない
神の仕業に意志をおもえば
誰も殺すな
決して死ぬな

過ごした季(とき)が
今日からが
殺した瞬間(とき)から嘆かれる
死んだ瞬間(とき)から嘆かれる

何処に在っても
誰であっても
血を分け倶に生きながら
一人であって
独りでなくて

祈りは何処へ

誰をも殺してはいけない
誰にも殺されてはいけない

与謝野晶子
「君死にたまふことなかれ」
(旅順の攻囲軍にある弟宗七を歎きて)

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
廿四までをそだてしや。

堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を繼ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。

君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戰ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獸の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思されむ。

あゝをとうとよ、戰ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守り、
安しと聞ける大御代も
母のしら髮はまさりぬる。

暖簾のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻を、
君わするるや、思へるや、
十月も添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?