CATツールの罠 ~逆に作業効率が落ちる場合も!~
こんにちは。レビューアの小島です。以前の記事で、CATツールには作業効率化とコスト削減、品質向上というメリットがあると書きました。これだけ聞くと、とても便利で素晴らしいツールであるように思えるかもしれませんが、実際に翻訳者として使ってみると、課題やデメリットもしばしば感じます。今回は、CATツールのマイナス面について少し話してみたいと思います。
「虫食い型」の改訂翻訳では、数字に表れない負荷が発生する
以前の記事では、CATツールで作業効率が大幅に上がる例として、ソフトウェアマニュアルの翻訳を挙げました。改訂翻訳の際にTMから過去の訳文を流用できるので、旧バージョンと同じ部分は一から訳す必要がない、という話でした。発注側企業から見れば確かにその通りなのですが、翻訳者から見ると少し違ってきます。
長大なソフトウェアマニュアルの中から、最新バージョンで更新された箇所のみを翻訳することになりますが、多くの場合、その箇所だけでは内容がわからず、前後の文章をよく読む必要があります。特定の用語や言い回しがこれまでどう訳されていたかを確認し、合わせる必要もあります。そういった箇所が飛び飛びに現れる案件では、通常の案件に比べて、読まなければならない部分がとても多く、負荷が大きくなりがちなのです。
このように、CATツールで改訂翻訳を行う場合、ツールで算出された作業量が、翻訳者の体感する作業量と一致しない場合があります。極端な話をすれば、計算上の分量がたった10ワードでも、背景情報や翻訳ルールを確認して最適な訳を当てはめるのに1時間程度かかってしまう場合もあるわけです。この辺りが、ひとくちに「改訂翻訳は簡単で効率的」と言い切れない理由です。
TMの訳がそのまま使えるとは限らない
TMから過去の訳文を再利用できるのがCATツールの特徴でありメリットですが、それができない場合もあります。よくあるのは、文脈やレイアウトの都合で過去の訳文をそのまま使えない場合です。たとえば、同じ文でも、以前は箇条書きとして出てきたので「体言止め」で訳していたけれども、今回は文章内の一文として出てくるので「ですます調」にしないといけない、といった場合です。このようなケースはよくあるため、通常は、TMマッチ率が100%に近い文についても、ある程度の見直しや修正をする手間賃を設定し、翻訳者に適宜修正してもらう形がとられます。この問題は、それほど大きなものではありません。
困るのは、TMに登録されている訳文の品質が低い場合です。誤訳が多く含まれている、日本語として読みにくい、用語の訳語が統一されていない、などです。このような訳文は、最悪の場合、訳し直さなければなりません。
エンドクライアントが承認した正しく適切な訳文のみがTMに登録されているのが理想ですが、スケジュールやコストの関係でそうした運用が難しい場合が多く、良い訳も悪い訳も入り混じっているのが現実です。何パターンもあるTM登録訳のうちどれが適切なのかを判断したり、場合によっては大幅な編集や訳し直しをしたりするとなると、想定以上に手間がかかることもあるのです。
セグメンテーションが不適切だとミスや効率低下につながる
CATツールではセグメンテーション(セグメントの分け方)もよく問題になります。セグメントとは、CATツールにおける翻訳単位です。
CATツールに原文ファイルを取り込むと、下図のように一定の単位で原文が区切られます。この一つ一つをセグメントと言い、TMにもこのセグメント単位で原文・訳文ペアが登録されていきます。
※Trados Studioでの例
セグメントは一文ごとに区切られるのが一般的ですが、エンジニアリングの方法次第では、翻訳しづらい形になっていることがあります。
たとえば、こちらはセグメントが長すぎる例です。
これだけ長いと、どこまで訳したかがわかりにくく、訳抜けが起きるリスクがあります。ディスプレイサイズによっては画面内に1セグメントが収まらず、視認性が悪くなって効率が下がるかもしれません。
こういったセグメンテーションは、「文単位ではなく段落のまとまりで意味をとらえて訳してほしい」という意図のもとマーケティング翻訳などで行われる場合が多く、それ自体が悪いというわけではありません。実際CATツールには、セグメント(文)ごとに訳す意識が生じるために前後とのつながりが悪くなる問題もあるのです。ですが、セグメントがあまりに長すぎて正確性や効率が下がる場合には、クライアントに相談するとよいでしょう。
次に、こちらはセグメントが細かく分かれすぎている例です。極端に思えるかもしれませんが、実際にあったものです。
一文が複数のセグメントにまたがっているので、非常に訳しにくくなっています。また、英語と日本語では語順が異なるので、セグメント単位で原文と訳文の意味がきれいに対応しなくなります。こうなると、TMには、次回以降に再利用できないペアが登録されることになります(「TMが汚れる」とよく言います)。
エンジニアリング過程での設定が不適切だと、このようなセグメンテーションになるようです。作業効率の面でもTMの再利用性の面でもよくないので、こういった場合には無理に訳そうとせず、クライアントに報告する必要があります。
CATツールとうまく付き合うために
ここまで、翻訳者の視点から見たCATツールの課題やデメリットをいくつか紹介しました。とはいえ、CATツールは基本的には便利なものですし、これだけ普及している以上、今後もうまく付き合っていく必要があります。CATツールの特性上やむを得ない問題もありますが、運用(ワークフローやエンジニアリング方法など)によって改善できるものもあります。最後に紹介したセグメンテーションの問題などは、その代表例です。
CATツールを使用する案件で、「この状態では適切に訳せない/効率が悪すぎる」といった場合は、すぐにクライアントに報告するのがよいと思います。「楽したがっているように思われるかも…」と不安になるかもしれませんが、そんなことはありません。実際、不適切なファイルの状態で作業を続ければ、クライアント側でもあとで不都合が生じる可能性が高いです。それを事前に防ぐためにも、報告は重要だと思います。
便利な機能は大いに活用しつつ、問題は適宜報告して改善していくことで、CATツールとうまく付き合っていきたいものです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?