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Story: One Team! ~ グローバル経営は幻想じゃない ~ ⑨

出社2週目となりなんとなく「本社での仕事が本格的に始まった」と感じる。「本格的に」と言うのは、部下である経営企画部のメンバーから次々と打ち合わせのアポが入り、あわせて決裁を求める書類が続々と寄せられてきたからである。
この部には課が4つある。と言うことは課長が4人だ。男性3人と女性1人。みんな賢そうな風貌をしている。出身大学の偏差値はみんな高い。年代から言えばバブル後の就職難の世代なので世間的な評価の高い大学を出ている。しかしクロッカス電機は学閥のない会社で、僕も普段誰がどこの大学の出身だなんて考えたこともない。こいつは同じ大学の出身だから引き立てようとかという空気はまるでない会社だ。地方の無名の大学出身者の僕としては、就職するときの会社選びの基準は実はそこが魅力だった。ただ、学閥は無いが、違う形での「閥」はある。いろんな形で他人は群れたがるものである。

いまのところ仕事は、些末な庶務関係の処理が主で、それでも定期的な報告文書や不定期の調査研究報告など我が部の評価につながるような文書も時に挙がってくるので上司承認のサインも慎重に行う。
たまに「なにこれ?」と思わず口走るようなまるで存在意義が不明と感じる報告書もあるのだが、僕が背景や意味をよく分かっていないからそう思うのかもしれないし、新米部長にとっては余り深く考える必要なないかもしれないので、そこは粛々と処理を続けた。


その日の午後のことであった。
カワゾエさんから「ぶちょう~、本部長からお電話が入っています」と声を張り上げた彼女はPHSを手にかざしながら僕のほうに小走りに駆け寄ってきた。
「トニコバさん、すまないが、社長が話をしたいって言っているので、今日の夕方5時に社長室に私と一緒に行ってくれ。」という電話であった。
承知しました、と答えて電話を切ったものの、ちょっと不安を覚えた。
近くに座っている部下のアオシマを部長席に呼んだ。
「アオシマ君、悪いね。ちょっと教えて欲しいんだけど。」
「なんでしょう、ぶちょう!」
「あのさ、カンノ社長のことだけど。」
「はい!」
アオシマはいつも返事が元気が良いというか声がでかい。しかも普通の人よりもかなり人の目前にまで顔を近づけて喋る。声の大きさに少し閉口しながら、以前IR部門でカンノ社長のスピーチライターも務めていたというアオシマに先ずはカンノ社長の人となりを聞いておこうと思ったのである。
「カンノ社長って一言でいうとどんな人?」
「へっ?!」
「いやあね、今日の午後初めて社長にお会いするんだけど、その前にどんな人なのか事前に情報を頭にインプットしておこうと思って、さ。」
「そうですか・・・・・。」
「そうなんだ。アオシマ君と社長は長い付き合いって聞くし、以前君がIR部門にいたころ、社長のいろいろな場面でのスピーチ原稿を書いていたのは君なんだって?すごいよね。社長の考えや経営の状況や社会の動きなど本当にたくさんのアンテナを立てて情報を吸収消化して作業しなければいけないものね。」
人に何かを頼む以上、多少のお世辞は必要だろう。部内ではちょっと浮いた存在で、昼休みにはいつも自席で一人所在無さげにしているアオシマに低姿勢で話しかけた。
「ぶちょう~。カンノ社長はトニコバさんのような人は好きじゃないと思います。」
普段は大きな声で話すアオシマがその時はいつもとうってかわって小声になった。
「好きじゃない!?」
「ええ。」
「どういうことか教えてくれる?」
意外なアオシマの言葉に僕は少々ドキッとした。
「カンノ社長はチャラチャラ族はお嫌いなんです。」
「チャラチャラ族!?」
僕もアオシマに負けないくらい大声を出してしまった。

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