見出し画像

サキ②

今の君たちは真っ白なキャンバスです。

学校の先生という生き物は、僕らをよく真っ白なキャンバスに例えたがる。
僕たちの人生はまだ何色にも塗られていない真っ白な粗布である、と僕らが生きてきた今までの人生など全くお構いなしに白色であることを押し付けてくる。
昔からそういった先生の有難いお話というのが僕はどうしても苦手だった。あれが好きな学生など恐らくこの世にはいないだろうけど形骸化された説話にはいつも苦痛を強いられ、ゴミ収集車の後ろを走っているかのような不快感を感じさせられた。
それから数年経って校長先生の話がなくなった今になってみても僕はまだ真っ白なキャンバスというのが苦手だった。
恒例の展覧会、締め切りまであと2週間。去年、一昨年と毎年苦労していたが、今年はその構想すら思い浮かばない。やはり、僕には向いていなかったのかもしれない。すこし絵がうまいからといって美大になんか入るんじゃなかった。白いキャンバスを前にするといつもそういった後悔が押しよせる。3年生。ぼんやりとした将来への不安も就活という2文字で持ってして、嫌に現実味を帯びて眼前へともたらされる時期だ。

鬱屈とした気分を振り払おうと僕は立ち上がって窓を開けた。春風が黄土色のカーテンを強く揺らす。僕の心も教室の空気のように簡単に入れ替えられたらいいのに。
目を空に移すとキャンバスと同じぐらい真っ白な雲が子供の心のように澄んだ青色をバックに輝きながら浮かんでいた。
そんな雲から逃れるように次は下に目を向けた。校舎とフェンスの間の狭い空間で、髪の長い女学生がタバコを咥えながら猫のお腹を撫でてやっていた。猫が気を許しているところを見るとどうやら彼女らは今日初めて会ったという訳でもないらしい。三毛猫と女学生というのはそれだけでいい画になるなと僕がぼーっと眺めていると、彼女は手に待っていたタバコをゆっくり猫へと押し付けた。身を翻し驚いて逃げていく猫とそれをさほど驚いた素振りも見せずぼんやり眺めている女学生は対称的でとても印象的だった。
そんな様子を僕はああ展覧会の前だなと特に気にとめることなく、僕もタバコに火をつけた。
その時上を向いた彼女と偶然目があったが、彼女はそのことを特に気にする様子もなくゆっくり立ち上がると校舎の方へ歩いて行った。
展覧会の締切前というのはみんなちょっとおかしくなるのだ。喚き散らすもの、ひたすらスケッチブックをちぎり続けるもの、彼女のようにその己が嗜虐性を隠すことなく前面に押し出してしまうもの。
人は誰しもがおかしくなる素質を持っている。
締切がその出現を少し手助けしてしまうというだけなのだ。
そもそも自分が所謂犯罪者でないのなんてほんの偶然に過ぎないわけで、明日、誰かを殺してしまうかもしれない。明日、誰かに殺されてしまうかもしれない。
人生というのは常にそういった儚さの上に成り立っていて、みんなみんな細いタコ糸の上を落ちないように落ちないように綱渡りしている。
そのことに気が付いた時、僕は蝉の声が聞けなくなった。自分が生きた証を残そうともがき、泣き続ける蝉と自分が重なって怖くなったのだ。
2年生の夏のことだった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?