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日替わり

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日記。
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2022年6月の記事一覧

ねざめ

きのうの服のままきょうがきて、気に入らないことがいくつか思いだされて、なんにんかの顔が浮かんできて、そのために生きなければならなかった。

ツラちゃんが、だれのことも見えないようなくらさのなかにずっといて、ひとりで。

すでに怨霊のような生きかたしかできない。許さないということだけで生きている。許さないということだけで目覚めた。

まぐろ

切り刻んだ魚の肉が米の玉に乗った状態で私達のまわりを回転するような店で、まぐろがぷるぷるしながら到着した。死ぬのが怖くなくなった。

パンはもとより固めてあるのではないか

サラダやスープに入っている
パンを四角く固めたようなあれは
どこにありますか。

たずねられてすぐ、ああ「サラダやスープに入っているパンを四角く固めたようなあれ」ね、はいこちらです、と売り場を案内したのだが、その日いちにち違和感が残った。

あれの名前だけ知らずにあれ自体のことを知ってる状態って、ありえるの……?

あれのこと知るとき人は、同時にあれの名も知るのではないの……?

むしろ名前のほう

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ひき肉

冷蔵庫のなかにひき肉があるんだよなあ。ああ、ひき肉があるなあ。たぶん期限近いんだよなあ、今日だったかもしれない。へたすると昨日だ。だめなんだよなあ。色変わってるかもしれないなあ。いやだなあ。もったいないなあ。ひき肉はやくどうにかしないとなあ。やる暇なくてもそぼろにしちゃえばよかったなあ。だめだなあ。

微風

暑さに目を覚ますと
足に微風の幻覚を感じた。
カーテンのむこうから
朝がにじみこんでくる。
この部屋に風は吹かない。
風を吹かせるものを
配置していないから。

実家の扇風機の記憶のほうが
ひとりの部屋よりまだ長い。
夏の脳の錯覚。

戦後だったんだから
そもそも物資が豊かではなく、
おおよそ全体的に貧しかっただろ。
両親は一生そうだったよ。
一生貧しいままだよ。

夢でくすぶる怒りを
両手でつつ

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硝子

緩衝材など鞄から取り出してなにがはじまるのかと思ったら、
「今日は絶対にやりたいことがあるの」
キッチンのすみに割れたグラスが三つ飾られているのを、包みはじめたので、やめてほしかった。
「持って帰って会社で捨てるから」
「絶対にやめてください。来週ごみの日に出しますから」
ぼくは焦って、適当な紙袋を拾ってきてマジックで「割れ硝子」と書いた。ガラスという言葉を漢字で書くのはきらいなのに、とっさに漢字

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外に出たくない理由

なんだかみすぼらしい。
みすぼらしいのではなく
実際にみすぼっている。
みすぼらしいって
見劣りするみたいな、
実際はもっといいものなのに
見た目で損をしているみたいな
ニュアンスがある、
ような気がする、
そういう意味で言えば
私はみすぼっている。
らしいとかじゃなくて
みすぼってる。
なるべく外に出ずに生きたい。
これからどんどん
髪も少なくなるし
しわしわになるし
歯も抜けていくし
いまから

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あじさいレトロニム

先々で見たあじさい。
まんなかには霧のように
細かい花が集まって、
がくがそのまわりを
輪を結って飾っている。

これのこと「あの変な種類のあじさいはなんなの」と母に言ったら、それがもとの種類だぞと怒られた。
で、六月のイラストを書くときに傘とカタツムリと一緒に並んでいるようなこんもりした花はがくあじさいという新しい品種なのだと、教わった。

ちなみにこれは半分誤りである。
たしかにこんもりしたほ

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命がけのちゃり屋

このちゃりんこはあそこで買った。あそこは親子でやっていて、たぶんね、たぶん親子でやっていて、私がこれがいいなとなんとなく思っていた自転車を息子さんとおぼしき男の人が「これがいいですよ」と言ってきて、じゃあこれしかないじゃんと思って買ったのだった。

最近、漕いでいる途中でチェーンが外れることが多くなった。乗り物なのできちんと整備しなければ危ないこともあるが、得てして雨ざらしで保管されてろくに面倒を

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おままごと

一番好きなあそびはおままごとだった。おとなになるとおままごとが一番難しい。雨かと思ったら汗だった。

お医者さんにかかりたい、歌いたい、本を読みたい、どれももとはおなじ、そうしたらなにかもとにもどるんじゃないかと思っているふしがあるけれど、覆水は覆水。

塔のふもとの町には人々が集まって騒いでいた。食べ物屋はどこも満員で、番号の書かれた札を渡されて、呼ばれるまで待つという始末だった。

ぼくたちの目当ては、とある漫画を呼び物にして一か月間だけ開かれる喫茶店であった。ふもとの町はいくつかの建造物のなかに詰め込まれていて、小さな喫茶室を見つけるのに苦労した。

この喫茶店は大盛況で、ここでも数字の札を持たされる。七時間待ちとのことだった。

しかたが

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虫が厭である

理知を衒っておきながら虫が苦手である。ばかばかしいことだ。

犬や猫はかわいいくせ、おなじ命あるものでも虫となると気持ち悪い。自己中心的。唾棄すべきルッキズム。
人間だって、同じしくみで遺伝子を受け継いでゆく生物だというに。

虫嫌いを解決するために様々な治療を試みたことがある。
まずは暴露。大量の害虫が蠢動する動画を見て、徐々に慣らしていこうとする。しかしこれは精神に受ける損害が深刻で、ストレス

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梅雨が明けたら

そっときえよう、雨が止んだら。
地下鉄のホームから見た空、
傘の下から見た空、
そんなものしかない。

毒を以て毒を制す。
ひとりになった部屋の
希釈した塩素のにおい。
プールのにおい。

きみのご先祖様。
おばけの体はしぶきをあげて水面を割って沈む。
白波となって波及する。
何千年何万年もの水の動きだけが、波だけが、ぼくの、あなたのこころ。
拍動する筋肉の袋に海を込めて作られたこの器官への伝播。

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準備

準備が必要である。

俺、父親がさ、小さいころよく家の軒に網張って、鳥捕まえて、成田山に逃してた。

天井を指差した腕の内側を、そちらが顔かのように見た。
目を合わせないように。

「おまえバナナ食うか」

「きみ、バナナ食べる?」
「あんまり食べないです。食べたらうまいんだろうけど。……こないだカラオケ行ったんすけど」

へえ、カラオケとか行くんだ。なに歌うの? だれと二人で行ったの? 女の子?

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