硝子

緩衝材など鞄から取り出してなにがはじまるのかと思ったら、
「今日は絶対にやりたいことがあるの」
キッチンのすみに割れたグラスが三つ飾られているのを、包みはじめたので、やめてほしかった。
「持って帰って会社で捨てるから」
「絶対にやめてください。来週ごみの日に出しますから」
ぼくは焦って、適当な紙袋を拾ってきてマジックで「割れ硝子」と書いた。ガラスという言葉を漢字で書くのはきらいなのに、とっさに漢字で書いた右手がむずむずする。片付けるのはいいが持ち帰るのは合理的ではないのでこの袋に入れて回収に出せるようにしてください、そう言ったが、この人間は話を聞かなかった。

そういうの、本当にやめてほしかったので、テーブルについたあともむすっとしていた。窓際の席から振り向くと白い日差しで透き通っている空気のなかを、人や車が過ぎていく。暑いが、軽やかな熱だった。
「割れた器は身代わりになってくれてるんだけれど、そのままにしていたら失礼だよ」
この店特製のジンジャエールに浮かんでいる新生姜のうすぎりをむしゃむしゃ食いながら言う。

デザートのシャーベットのあとにする散歩はあたたかくてよかった。グラジオラスを知ってて知らないふりをした。なぜか墓場を歩くことが多い。
少し空に近いところにある慰霊塔かなにかにむかって合掌する。池に花々の残像が漂うような日。しろつめくさに寝転びたいという。
「ついてくるからね」
寺を出てすぐ手で私の肩を払う人。
「ついてきたほうがいいです。あんなきれいなお墓に眠ってるのですから、悪い人なわけない」
「そうだね、たしかに」
来るとき間違えた道を正しい道で帰った。ぼろぼろのアパートがたくさんあり、感心した。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻