『花をもらう日』第三章 きょうだいたちとの仕事②

 トータル家庭教師センターの仕事は、大きく分けて3つあった。
 家庭教師志望の大学生の登録業務、入会者(生徒)を増やすための営業、そして入会者の管理。
 家庭教師をしたい人を集め、家庭教師が欲しい家庭を掘り起こし、双方をマッチングさせる。それが家庭教師センターというものなのだった。
 大学生の登録会は随時行われていた。学校名に関係なく、どんな大学生でも名前を登録することはできるが、実際に生徒を持てるかどうかは分からない。すぐに「仕事」の話が行く学生もいる一方で、一度も連絡が行かない大学生も山ほどいた。そのやり方は、タレント事務所とまったく同じだった。
 「営業」はすべてアルバイトに任されていた。昼間は主に主婦層の女性が、夜は家庭教師とはまた別の大学生が小中学生のいる家庭に電話をかけ「お試しレッスン」の案内をする。この仕事は「アポインター」と呼ばれていた。「お試しレッスン」の約束を取り付けるところまでが「アポインター」の仕事で、実際に家庭に出向いて生徒に「レッスン」をし、契約に結びつけるのは「コントラクター」と呼ばれる大学生・大学院生たちだった。アポインターとコントラクターの営業成績の棒グラフは壁に貼られ、1か月で何件取ったかがひと目で分かるようになっていた。ドラマの演出ではない、本物の営業成績表を見たのは初めてで、しばらくまじまじと眺めてしまった。
 入会者の管理は正社員の仕事だった。派遣した教師と生徒の相性、生徒の成績と進路を把握し、教師と生徒(家庭)両方をフォローする。クレーム処理も勿論ある。わたしは、コントラクター以外の仕事をすべて覚えなくてはならなかった。
 
 最初に任されたのは、家庭教師の登録全般だった。
 アルバイト雑誌に求人を出し、応募してきた大学生にセンターのシステムを説明し、テストを受けてもらう。その後一人一人を面接する。わたしはいきなり「家庭教師の適性があるかどうか」を判断する面接官として大学生に接することになってしまった。
 予備校や大手の塾、特に日能研に通ったことのある学生は派遣の要望が多いため、まず「塾歴」を確認する。アルバイトの経験を聞き、志望動機を聞き、勉強のコツを聞く。最近の受験の傾向や人気のある学校名を内藤さんに教わり、業界に通じている風を装いながら、わたしは日々大学生と話をした。
 登録カードの「所見欄」はスペースが小さく、面接の印象は端的に書かなければならなかった。小中学生と大学生のマッチングを決めるのは支社長だが、手がかりになるのはコントラクターから報告される生徒の情報と、この登録カードだけだ。だから所見欄のコメントは人柄を伝えるための重要な部分だった。しかし、ほんの10分程度の会話で人間性など分かるわけがない。分かるのはせいぜい雰囲気ぐらいだ。自分に人の性格を見抜く技量があるとも思えない。
 まあ、会社だって、わたしにそんなに深いことを期待してはいないだろう……そう割り切ることにした。そのうえで、話の内容だけでなく表情や仕草や服装などからも彼らの特徴をつかみ、それをあらわす短い言葉を探そうと模索した。
 
 それにしても、経験のない27歳を採用にかかわる業務に就かせるのは勇気があるというか、大胆だなと思わずにはいられなかった。その後紹介された支社長の小林さんも、肩書に似つかわしくない若い見た目で(彼はやはりわたしよりひとつ上だった)、全員30歳以下の社員で構成された職場というのを、わたしは初めて体験しているのだった。学生時代にアルバイトをしたマクドナルドだって、店長は30代だったはずだ。
 けれど、青木くんはさすがにまだ叱られたりもしていたが、石川くんや内藤さんの仕事ぶりは、目を見張るほど大人だった。彼らの業務のほとんどは、話を───顧客やアポインター、コントラクターからの相談や苦情や不満を───聞くことだったが、2人とも立場と態度を使い分け、感情的にならず、それでいて親身さをにじませて応対していた。
 
 こんな小さな会社に、こんなに有能な若い社員がいるってすごいな。
 広いとは言えないオフィスを見渡してそう思う。次の瞬間、それが「評価」や「感心」の類だと気付いてぞっとする。名の知れた会社やマスコミが偉いとか、そういうところにいた自分は上だとか、もしかしてそんな気持ちがあるのではないかと心の中を探る。
───いや、もしあったとしても、きっと修正されていくだろう。そのくらいは、自分を信じてもいいと思う。
 ここにはわたしの机があって、わたしがいることを許してくれる人たちがいる。
 それがどんなに得難いことか、わたしはこの数か月でじゅうぶん知ったのだ。

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