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『花をもらう日』第四章 花をもらう日①

「これ、誰が飾ってるの」
 内藤さんはわたしの視線の先のものを見て、ああ、とほほ笑んだ。受付のテーブルの、卓上カレンダーの横。
「キタキタ、びっくりするよ」
「もしかして手作り?」
「そう。アポインターの上田くん」
 チェック柄のシャツとチノパンがすぐに思い浮かんだ。ふちなし眼鏡をかけた、穏やかな雰囲気の男子。営業成績表の彼の名前の上には、いつも長い棒が乗っている。電話の内容を書いたメモをときどき受け取るくらいで、個人的な話をしたことはないが、どうやってこれだけのアポを取るのか、機会があったら聞いてみたいとは思っていた。
 あの子が、これを作ってるのか。
 檜のような葉が紅いミニバラを囲み、淡い白い実が控えめにあしらわれている。茎を束ねる金色のリボンの細さとカールの具合が、絶妙にエレガントだ。
 ……ああそうか、クリスマスカラーがすべて盛り込まれているんだ。
「キタキタ、持って帰ったら?」
「いいの?」
「また作ってくれるよ。私もときどきもらっちゃうんだ」
 手に取る。葉はよく見ると裏側がシルバーがかって見えた。そっとかばんに入れる。白い実が落ちないようにハンカチで覆う。これ、なんの実だろう? 

「ああ、あれは万両です。赤いのだけじゃなく、白い万両もあるんですよ」
 思ったより上田くんは気さくな人だった。真冬なのに今日もシャツ1枚だった。「家、すぐ近くなんで」
 すごいね、花、上手だね、と数日後、帰り際の彼を引き止め、興奮気味に話しかけてしまった。いつからなの? 趣味なの?
「叔母がアレンジメントやってて、ときどき作品展を開いたりするんです。その手伝いをしているうちに、自分も出すようになって。たいしたものじゃないですけど」
「花が好きだったの?」
「うーん、まあ、そうですね。何かを作るのが好きだったっていうか」
 手先が器用で、営業トークも得意。就職難のご時世だけど、彼のような子はもう行き先が決まっているのかもしれない。
「あんまり材料にお金かけらんないんで、公園で拾ったものだけで作っちゃったりもします。銀杏の葉とかどんぐりとか、すすきとか。買ったものとそういうのを組み合わせるのがわりと好きですね」
「へええ。すてきだねえ」
 いやー、なんてすてきなんだ。繰り返すと彼はあはははと笑った。
「北村さんにそう言ってもらえると嬉しいですよ」
「うまいねえ。さすが優秀なアポインター」
「いやいや。アナウンサーさんに褒めてもらえるなんて」
「昔ね。もう違うけどね」
 アポインターやコントラクターの大学生たちに、今でもたまに、アナウンサーなんですかと聞かれることがあった。そういうとき、元、ではなく昔、とわたしの口は言うようになっていた。胸がちくりとするとかいうこともなくなり、それこそあはははと、自分に対して遠慮なく笑い、そう言った。言えた。
「やめたんですか」
 妙な質問だと思った。面接で国分さんに似たようなことを聞かれたのを思い出した。
「いや、アナウンサーって、やめるとかやめないとかじゃなくて」
 つまり、仕事がないから、と言いかけて、次の言葉を飲んだ。仕事がないからここで働いている、とつなげてしまいそうになったから。そうではない、そうではなくて……

「きっとまたできますよ」
「え?」
「誰もやめろとは言ってないんでしょう?」
 上田くんはどこか楽しげに言った。楽しげ、というのはわたしの耳がそう聞いたのかもしれない。
「花、今度北村さんにも作ってきます」
 それじゃあ、と彼は会釈して受付の前を通り、エレベーターのボタンを押した。

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