最後の1本が消えても



相談があるのは僕の方なのに
コーヒー代を払って貰った事に
申し訳なさを感じながら
お礼を言って席に着いた。


「で、どうした?」

「彼女が留学に行く事になって。」



今から2ヶ月前、陽奈が9月からカナダに1年留学に行く事を伝えられた。


「先輩の元彼女さんが留学に行った時の事を聞きたくて。僕は彼女に待ってるって言ったんですけどここに来て不安になってきて。」


「俺も待ってるって言って送り出したよ。
最初の3ヶ月くらいは全然平気だったんだけど
4ヶ月目に入った位から
連絡の頻度も減ってきて
俺も自分の事でやらなきゃいけない事もあったし。それで自分の生活に集中する様になって行って, 気付いたら彼女の存在が生活の中で薄れていっちゃった感じかな。
女の子がいる飲み会に行くのも
なんか躊躇うしさ。
彼女に会えないのに, 友達と遊ぶ事も我慢しなきゃいけない事が実際不満だったし。
そんな風に思いだしたら少しずつ冷めてっちゃったんだよね。」



「そうなんですね。」







2ヶ月前
陽奈と2人で学校から帰っていた時、      陽奈の歩く速度が急に遅くなって
話があるんだけど。と言った。
さっきまで喫茶店に一緒にいて
話すタイミングなんて幾らでもあったのにと
思うのと同時に
なかなか言い出せなかった話なのかと
少し不安にもなった。



「どうしたの?」



不自然にならない可能な限りの明るい口調で
僕は陽奈に返した。



「9月から1年カナダに留学しようと思うんだ。」



「そうなんだ。したいって言ってたもんね!」



陽奈は続けて言った。


「自分勝手って思うかもしれないけど
私は待ってて欲しい。」


「わかった!待ってるよ!」


と僕は返した。


それから暫くして
色んな事を考えていくうちに
少しずつ不安になってきて
先輩に相談に乗ってもらったのだった。








留学まで2週間を切った時
僕は自分の今の気持ちを伝えた。


「陽奈のやりたい事, 本気で頑張って欲しい。
だけど俺らの関係が中途半端になったら
せっかくの留学に
集中出来なくなるかもしれない。
勿論陽奈の事は好きだけど
森田先輩とか美咲先輩みたいに
あんなに仲良かったのに別れちゃう人達だって居るのは事実だし。
待ってるって言ったけど
ちゃんと自分の答えを出して陽奈を
送り出したい。
だから少し考えさせて欲しい。」




陽奈は何を思ったんだろうか。
悲しそうでも嬉しそうでもなく
いつも通りの表情で 

うん。と言った。



今月の28日に花火大会がある。
陽奈と一緒に行く約束をした。
だけど天気予報は降水確率80%。
それが陽奈と出掛ける最後の日になるのだけれど。








覚悟はしていた。
前日から降り続ける雨と天気予報では29日の朝まで降水確率100%を叩き出して
花火大会は中止が決定した。


「陽奈29日の夜は空いてる?」

「大丈夫だけど。」

僕は携帯を取り出して
天気予報を確認した。
「朝は雨だけどそっから晴れるって。
夜に花火しよう。」





朝起きた時には地面は湿って居たけれど
雨はすっかり止んでいた。

暗くなってから待ち合わせをして
家の近所の公園に行って
ホームセンターで買ってきた手持ち花火の袋を開けた。


バケツに水を溜めて
ミニバケツの中に蝋燭を立てた。
そして僕らは火をつけた。




3日後の出発は見送りに行くけれど
会えるのは今日が最後。
そんな実感が少しずつ湧いてきて
少しずつ寂しさが増した。




蝋燭から花火に着火するまでの一瞬の静寂が
青や黄色や赤や緑の光から立ち込める煙や火薬の匂いが
いつかもわからない昔へ僕らを誘う。



僕らが出逢うもっと前。
でもその記憶の横にも陽奈がいる気がする。
過去と今と未来が混在してるのか。


でも間違いなく、暖かかった。






夢中になって僕らは
花火に火を付けていって
そして最後の1本になった。



次に会えるのは来年の8月。


最後の花火を2人で見つめた。


今陽奈は何を考えているんだろう。
急に凄く切なくなった。
来週から居る街が違う。
目標も違う。
夢も違う。



「花火大会。今日だったら良かったのにね。」

陽奈が言って僕は「そうだね」と返した。



この火花をまた一緒にみたい。
陽奈も思ってるだろうか。


もしそうだったとしたら
小さな事かもしれないけれど
そこには同じ方向を向いた僕らがいる。


それだけで、繋がって居られるかどうか


きっと先輩に相談したら無理だって言われるかもしれないな。そんな単純じゃないって言うかもしれないな。


僕の気持ちは決まった。




最後の花火はパチパチ音を立てて光る。





「ねえ陽奈。」




「なに?」





「来年は一緒に花火大会に行こう。」


僕はそう言った。


あと少しで消えてしまいそうな
手持ち花火の微かな光の奥



陽奈は目を細めて
うん!と笑った。




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