犬と暮らすこと。
僕は20代の頃、ドッグトレーナーとして活動していました。
毎日犬にまみれて犬のことだけを考えて、犬の気持ちを理解しようと毎日必死でした。
トレーニング方法をいくら学んでも、犬は一向に良くならないし、周りのペアができていることが自分たちのペアができなくて焦ったり、自己嫌悪に陥ったりしていました。
卒業してから、自分でパートナー犬を迎え、トレーナーとして独立もし、たくさんの飼い主さんと犬たちを見てきました。
自分の犬もいつの間にか4頭になり、犬たちとの暮らしも日々濃くなっていきました。
今でこそトレーニングからは離れてしまいましたが、その当時の習慣のようなものは抜けず、今でも無意識に犬たちの精神状態をチェックして日々バランスを取るように心がけています。
僕が自分の犬たちから学んだ最大の事、犬育てに最も大切なこと。
それは『自分が変わること』これに尽きます。
犬という生き物はもちろん彼らには彼らの感情があり、思いがあり、生き方があります。
まずはそれを最大限尊重してあげること。
それが何より大切なのです。
簡単なことだと運動が必要な子なら運動を十分させてあげること。
遊びが好きな子ならそれを最大限尊重してあげること。
距離感が大切な子だったら不用意に自分のエゴを押し付けないこと。
その子が出来ることと出来ないことをしっかりと把握してあげること。
それが何よりも大切です。
そしてその子の生き方がわかったらそれにとことん付き合ってあげること。
そうすることで彼らは少しずつ心を開き、こちらを信頼してくれるようになります。
本当にシンプルなのですが、これを貫き通すには相当の胆力が必要です。
なぜなら、それを習慣化しなければいけないからです。
1回や2回彼らの望みを叶えてあげるだけでは、決して彼らは満足などしないし信頼してくれないからです。
僕の例で言うとドンが挙げられます。
ドンとの関係性に悩んでいた僕は、何とかしなければいけないと毎日必死でした。
リードは引っ張る、噛む、おもちゃは破壊する・・・今思えばドンはずっと僕にメッセージを送っていてくれていたように思います。
父ちゃん違うよ、そうじゃない。僕の生き方はそうじゃない。
言葉の通じない犬たちは時に自分の意思を行動で示してくれます。
その時僕がやっていた対処は、とにかく叱る、怒る。それだけ。
自分が変わる根性もなく、自分の生活の範囲内にドンを押さえ込もうと必死でした。
当然、ドンは変わるわけもなく、どんどん酷くなっていきました。
そんな時に、僕の出会ったトレーナーさんから、ドンの言葉を聞きました。
『一緒に成長したいって。僕だけを成長させないでってドンは言ってるよ』
その言葉を聞いて、僕の中で色んなものが音を立てて崩れていきました。
その時から、自分が変わっていくことを意識し続けました。
ドンが満足いくまで遊んで、外に行って、フリスビー投げて、とにかく、毎日、毎日。。
心のやり取りもたくさん時間を取りました。
お散歩がストレス発散ではなくコミュニケーションだということも学びました。
ブラッシングや爪切りに始まり、扉の出入り、車の乗り降り、リードを引っ張らないこと、僕が大切にしている事を伝えること、ドンだけが大事ではなく群れの犬達全てが平等に大切なこと、先輩犬たちはきちんと立てること、時に自制心を働かせること、ドンに教えていったことは挙げたらキリがありません。
そしてもちろんこれらを教えていくうちに、自分が1番鍛えられていきました。
わからなくても根気よく伝えること、わかりやすい方法や場所を選ぶ事、教えようとしている方が必要なことなのか、自分のエゴなのかを考えること、自分の時間を削ること、体力をつけること、決して弱音を吐かない事。
ドンに教えていく中で同時にドンから教えられたことも挙げたらキリがありません。
そうしていくうちに少しずつドンの顔が変わっていきました。
少しずつドンの心が開かれていくのがわかりました。
ドンと繋がっているなと感じる時間が増えてきました。
今でも彼は、群れを守るという自分の仕事に誇りを持っています。
もうだいぶ抜けてしまったけれど、新しい犬が来ればドンが指導してくれました。
群れの犬達を傷つけたり茶化したりする犬がいると真っ先にドンが注意にいきました。
僕が叱っている犬をドンも一緒に叱ってくれました。
パワフル系の子はいつもドンがやり過ぎないよう見てくれていました。
それら全ては犬ではなく、自分が変わっていったからだと思います。
犬育てって全てこれに集約されるのではないかと思うのです。
自分の決めた範囲に犬を閉じ込めるのではなく、自分のキャパの中に押し込めるのではなく、その犬が望むこと、生き方を最大限尊重する。
そこから初めてこちらのルールや制約を理解してくれるようになる。
僕はそう思っています。
ドンからはたくさんのことを学びました。
そしてそれは今もずっと変わりません。
好きと信頼は違う。
自由と野放図は違う。
監視と管理は違う。
そしてこの関係は、人間関係でも同じだと思うのです。
自分が変わっていくこと。それは僕の中でずっと意識し続けていることです。
環境ももちろんそうですし、内面も。
まずは自分がやっていく、変わっていく。
そうすることできっと相手も変わっていく。変わっていかない場合もあるけど、その時はその時で。
とにかく自分から、何をやるにも自分から変わっていくように意識しています。
出来ないことも多いけど・・・。
犬育ては自分育てだと言われます。
Dog is mirror(犬は鏡だ)とも。
僕はこの考えが大好きで、今でもそう思っています。
怠惰な人が育てた犬はわがままになります。
神経質な人が育てた犬は過敏になります。
明るい人が育てた犬は明るくなります。
感情的な人が育てた犬は犬の心もバタバタします。
穏やかな心の人が育てた犬は心が安定します。
犬たちと一緒に暮らせることは本当に奇跡だと思うのです。
言葉の通じない、人間でもない生き物と1つ屋根の下で共に暮らすことができるなんて、普通に考えたらありえないことです。
だからこそ犬たちが与えてくれるギフトはとても大きなもので、これは決して他では味わえない感覚なのです。
犬育ては決してSNSに登場するような煌びやかな世界ではないし、もっと泥臭くて時に汚いものです。
でも、それを一緒に乗り越えていくからこそ犬も成長していくし僕もまた成長させられていくのです。
僕は、常に何かを受け取り続けて変わり続けていたいと思っています。
日常で起きた出来事、本で読んだ言葉、人の写真、映像、言葉、自分の経験、そして犬達からの言葉。
そうしたことをちゃんと自分の中に落とし込んで、変わっていきたい。
決して日々を流すように過ごしたくないのです。
自分の人生は自分で選んでいきたいし、自分で見つけていきたい。
そうし続けることが犬たちから教えてもらった恩返しだと思っているし、またそれが犬たちや他の人たち、自分の人生に還元されると信じています。
出来ないことも多いし、自己嫌悪になる日もたくさんあります。
だけど、そこから目を逸らさずちゃんと自分自身と向き合っていき続けたいと思っています。
僕に全てを教えてくれた犬たちや先人たちに恥じないように。
だから僕は犬が好きです。
単に可愛いだけではない、自分に気づきを与えてくれる尊さこそ、犬と共に暮らす醍醐味なのではないでしょうか。