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Note日記19 8月の幻

その女性は、今年の春に入社してきた
良く透き通る大きな声で
「本日、入社しました田中(仮)と
申します。いろいろご迷惑をお掛けしますが
早く業務に慣れますので、皆様宜しく
お願い致します。」
と入社の挨拶をした。

年の頃は30歳半ばで、背が高く、髪の短い、
活発な印象の女性だ。

私は別のチームなので、直接的に仕事の
絡みは無いが、電話の取り次ぎで会話した
際の印象はステキ女子だと感じた。
積極的に皆に話しかけ、チームにも馴染み、
上司とも良好な関係を築いていった。
明るくジョークも飛ばしている。
中々のコミュニケーション力と女子力だ。

8月になり、猛暑が続く。
そんな、ある日に事件は起こった。

新規の顧客ができ、朝から打合せの為、
田中と上司が顧客先へ直行していた。
私達は、新規顧客を2人でいろいろと準備
していたので、朝、2人が居なかったので
2人で直行していたと思っていた。

お昼になり、直行していた2人が
帰ってくる、はずだった。
だが、帰ってきたのは上司1人だった。
周りは不思議に思い上司に
「田中さんはどうしたんですか。」
「田中?田中がどうかしたか?」
「一緒に直行じゃないんですか?」
「今日は俺一人で訪問だが?」

何やら雲行きが怪しい。
田中が出社して居ない事に
皆、その時に気づいた。

上司がパソコンの電源を入れてから
しばらくして、
「田中、今日で退職らしい」
と呟いた。

どうやら、メールで退職しますとの
連絡が来ていたらしい。

人が何を考えているか当然わからない。
明るさの裏で何を考えていたのだろうか。

「転職に失敗したな。」
「つまらない仕事だな。」

とでも考えながらも頑張って、なんとか
明るく話していたのだろうか。
突然消えた田中は、幻だったのではないか
とも思える消失劇だった。

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