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「特撮映像関連コレクションの保存・公開・展示の未来」 髙橋 修(東京女子大学)小澤 智之(株式会社岡島)

 日本ミュージアム・マネージメント学会(JMMA)は 、2019年12月1日に東京・乃村工藝社本社にて、JMMAコレクション・マネージメント部会研究部会「特撮映像関連コレクション保存 ・公開 ・展示の未来」を開催した。当日は、清水俊文氏(東京現像所)と原口智生氏(アニメ特撮アーカイブ機構発起人 特撮ミニチュアプロップ修復師)の両氏による講演とトークセッションが行われ、サプライズで三池敏夫氏(特撮研究所)も参加し、特撮映画に携わったプロが語る貴重な話を多くの聴講者が楽しんだ。その模様をお伝えする。

1.本部会の実施について
 近年、学術的視点から特撮映画と博物館との関係性について考察する動きが見受けられるようになった。
例えば日本博物館協会編集・発行にかかる『博物館研究』608(2019年)では「博物館展示の発展と特撮映画」特集を組み、日本特撮映画界を牽引する方々によって博物館を介して特撮文化を次代に継承する意義がそれぞれ論じられた。『同』615(同年)では「ジオラマ展示の新展開」特集を組み、中でも芝原暁彦「博物館展示における特撮技術の応用例:ジオラマ展示の複合メディア化の試み」では、特撮で培われた技術が博物館展示の発展に重要な役割を果たし得ることが指摘された。
 また、近い将来、福島県須賀川市内においてアニメ・特撮に関する貴重な歴史資料を収集・保管・公開する「特撮アーカイブセンター」が開設予定であることが報道された(「日本経済新聞(電子版)」2019年2月20日
他)。日本が誇るサブカルチャーの歴史について、学問的視点から実証的に研究するための基盤が着々と築かれつつある現状にある。
 こうした動向と軌を一にするかのようにコレクション・マネージメント部会(以下「本部会」)にあっても、2017年12月10日に「日本特撮技術に関する映像記録・アーカイブ化の試み-特技監督中野昭慶氏へのオリジナルイン
タビュー映像を巡って-」を開催し、特撮映画と博物館との関わりについて来場者と共に考える場を設けた。
 翌2018年12月8日には「UTYテレビ山梨制作『現代によみがえる昭和の日本』上映」を開催した。これは特撮映画ではないものの、戦前期のフィルム保存とそのデジタルアーカイブ化を主題とした研究会である。これら一連の議論の中であらためて、過去のフィルムという媒体の保存とそのデジタル化による公開について、その現状と課題の検討の必要性が浮かび上がってきた。
 上記の流れを踏まえ、本部会では2点を主題として設定した。第1に、過去の特撮映画のフィルムの高精細デジタルアーカイブ化の最前線について。第2に、特撮映画の撮影に使用したミニチュア(縮尺模型)やプロップ(小道具)を修復し、博物館で保存・公開する意義について、である。この考えに基づき、それぞれの分野の第一人者である清水俊文氏及び原口智生氏を
講師として依頼したところ、両氏から快諾をいただき、本部会の開催が実現したという次第である。
 当日は、会員はもとより会員以外の参加者にも恵まれ、大盛況であった。会場については株式会社乃村工藝社の格別の御理解と御協力により御提供いただいたので、ここに記して謝意を表する。

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盛況だった会場の様子

 以下、本稿では当日の様子を紹介すると共に、この研究会でなされた議論が今後、どのような意義を有するのか、という点について述べることとしたい。執筆にあたり、本会の企画意図及び当日の様子(本稿第1・2章)は本部会幹事である髙橋修が、今後の意義について(本稿第3章)は本会の共同企画者である小澤智之がそれぞれ担当した。

〇日  時:2019年12月1日(日) 14:00 ~ 16:00
〇場  所:ノムラスタジオ(乃村工藝社本社ビル)
〇参加者数:151名
〇講  師:清水俊文 氏 (株式会社東京現像所営業本部 部長)
      原口智生 氏 (アニメ特撮アーカイブ機構発起人                               特撮ミニチュアプロップ修復師)                                              〇司  会:黒塚まや 氏(フリーアナウンサー)
〇モデレーター:小澤智之 氏(ビデオグラファー)
〇開催趣旨(本部会の案内チラシより抜粋):
 現代日本を代表する文化としてサブカルチャーに社会的注目が集まり、その有力なジャンルの一つとして特撮(特殊撮影)映画をテーマとした展覧会が興隆しています。日本ミュージアム・マネージメント学会コレクション・
マネージメント研究部会では本年度、特撮映像関連コレクションを主題とし、その保存・公開・展示の未来について考えることを目的に開催することとしました。講師は、ゴジラシリーズの助監督として活躍し、近年はフィルムのデジタルリマスター化の最前線に携わっている清水俊文氏と映画監督・特殊メイクアップアーティストとして活躍し、近年は特撮映像関係の造形物の収集・修復の第一人者である原口智生氏を招き、来場者と共に考える場とします。

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宣伝用チラシ

2.本部会の内容について
 当日は次の内容により実施された。
〇14:05 〜 14:30 講演1
 「フィルム映像のデジタルリマスター化の現状と課題」
 講師:清水俊文 氏
〇14:30 〜 14:55 講演2
 「特撮映像作品の造形物修復・保存・公開の現状と課題」
 講師:原口智生 氏
〇15:05 〜 16:00 トークセッション 
 講師:清水俊文 氏・原口智生 氏・三池敏夫 氏 
 モデレーター:小澤智之 氏 
 司会:黒塚まや 氏

 講演1では、なぜ、過去の映画フィルムをデジタルリマスター化するのか、という基本的な部分から清水氏によって説明がなされた。要旨は次のとおりである。現在、古いフィルムは危機にさらされている。具体的には①フィルム素材の化学変化によって酢酸臭を発し、フィルムそのものが崩壊するビネガーシンドロームが進行していること、②頻繁な映写に伴い、フィルム表面に傷がつくことが挙げられる。この状態を放置していてはフィルムそのものが物理的に損壊し、次代に先人達の映像作品を伝えることが出来なくなってしまう。こうした問題から、過去のフィルム作品をデジタルリマスター化することが喫緊の課題であるといえる。
 東京現像所ではデジタルリマスター化にあたり、次の3点を基本方針としている。①映像の修復にあたっては初号試写での上映と同程度の鮮明さを目指すこと。②そのフィルムの初公開時と同じ長さで再現すること。③当時の特撮技術をそのまま見せること(例えば、飛行機のミニチュアを吊るピアノ線について、それをデジタル技術で消すのではなく、ありのままに見せること)である。
 リマスター化には膨大な経費と時間を要し、現存する全てのフィルムをすぐにデジタルリマスター化できる訳ではない。そのためには「この映画作品を残して欲しい」という映画ファンからの熱い声援が必要である。これによってはじめて会社としてリマスター化作業に取り掛かることが出来るので、協力を仰ぎたい。
 また、過去のフィルムの修復にあたっては当時の撮影スタッフの監修が不可欠である。存命の関係者も少なくなってきている現状から、早急な対応が求められている。

写真2 清水俊文氏による講演の様子

清水俊文氏による講演の様子

 講演2では、プロップ修復の世界に入ったきっかけや現在の活動について原口氏から説明をいただいた。要旨は次のとおりである。
 私の親族に映画関係者がいたことから、少年期より東宝撮影所に出入りをしていた。そこで、ミニチュアのビルが鉄筋コンクリートではなく、ベニヤ板で作られていたことに驚きを感じ、虚構を現実と見まごうばかりに作り
上げる特撮映像制作の現場に魅了された。

写真5 東宝・円谷・大映などの特撮作品で使用された建物のミニチュア写真
特撮ミニチュア②
特撮ミニチュア⑤

原口氏が所有するミニチュア

 このような原体験があったからこそ、映像作品を作る上での部品でしかないミニチュアやプロップを収集し、それを修復して後代に残すことを志したのである。修復にあたっては、残されたプロップの他、映像や当時のスチール写真・設計図等から構造や材料を特定し、撮影当時の状態にすることを基本方針としている。例えば、操演の跡や撮影によるバランスの歪みもそのまま残すようにしており、これはいわゆるディスプレイ模型とは異なる点である。
 折しも、庵野秀明氏から「特撮博物館」の協力を打診された。庵野氏はミニチュアプロップをはじめ特撮映画を制作するために作られたものを「中間制作物」とし、それを保存・公開することで、映像の制作過程を、ひいては映像文化そのものを未来に継承する必要性を説いた。新しい映像作品の創造には過去の作品がイメージの源泉となること、別言すれば、過去作品なくして新作品の創造はあり得ないからである。この考えに賛同し、現在、福島県須賀川市内で整備中の特撮アーカイブセンターの開館に向け、尽力している最中である。

写真3 原口智生氏による講演の様子

原口智生氏による講演の様子

 休憩をはさんで行われたトークセッションでは、当日、聴講者として来場していた三池敏夫氏に急きょ、登壇いただいた。三池氏は特撮美術監督として様々な映像制作の現場に携わっている他、冒頭で紹介した『博物館研究』608に「『熊本城×特撮美術天守再現プロジェクト展』回顧」を寄稿し、特撮技術を博物館展示に活かす試みも実践している。ファンにとってはうれしいサプライズであったのではないだろうか。
 なお、トークセッションの概要紹介にあたり、紙幅の都合上、会場からの質疑応答も含め、パネリストごとのそれぞれの発言要旨をまとめるという形とした。
清水氏:過去作品のフィルムの保管状況は悪くなっている。早急なデジタル化が必要とされる状況にある。リマスター化をしても、元となったフィルム素材類は全て保管する必要がある。今後、新技術が開発された際に対応できるようにするためである。
原口氏:ミニチュアやプロップを修復・保存するには、単なる模型として残せば良いというものではない。あくまで映像制作のために使用されたものという視点からの修復・保存が求められ、そのためには映像センスが問われる。
三池氏:中間制作物は撮影終了後には廃棄される運命にある。他にもデザイン画・図面・脚本等も中間制作物といえるが、これらも個人コレクターごとに分散保管されているのが現状である。現在は特撮を活かした撮
影の機会が減っているため、技術の継承が困難である。この点で痛感しているのは、メイキング映像の重要性である。特撮技術は文書・図解だけでは伝わらないことが多いため、実演したものを映像という形で記録保管することが求められる。こうした技術記録も含め、中間制作物については博物館のような機関で一か所に保管・公開し、若い世代に興味を持ってもらえるようにすることが必要である。「特撮は日本の文化である!」という声を皆で上げていきたい。

写真4 トークセッションの様子。左から司会の黒塚まや氏、モデレーターの小澤智之氏、講師の清水俊文氏、原口智生氏、三池敏夫氏

  トークセッションの様子。左から司会の黒塚まや氏、モデレーターの 小澤智之氏、パネリストの清水俊文氏、原口智生氏、三池敏夫氏

 以上により本部会は無事に終了・散会した。完成品として映像作品の保管だけでなく、その過程で制作された様々な創造物を「中間制作物」とし、その保管・公開の重要性について、理解を共有したものと総括できよう。
                             (髙橋 修)

3.本部会の今後の意義について
 前章で述べられたとおり、本部会の開催にあたっては企画・モデレーターを担当したほか、当日配布資料及びトークセッション時の上映動画を制作した。
 まず、本部会で配布した資料は特撮映画ファン以外にもわかりやすいように、特撮映画制作におけるスタッフ編成、用語などの解説を中心とした。本部会の講師である清水俊文氏が携わるデジタルリマスターや、原口智生氏が庵野秀明氏から協力を依頼され参加した「館長 庵野秀明 特撮博物館」の開催経緯、東宝・円谷・大映などの特撮作品で使用された建物のミニチュア写
真、そしてゴジラシリーズ、ウルトラマンシリーズ、ガメラシリーズなどの作品リストを掲載した。
 さらに本部会の共同企画者である髙橋修氏が研究している日本映画最初期の特撮映画技師・松井勇(1894年~ 1946年)の功績について掲載した。松井勇は愛知県豊橋で生まれ、青年期にアメリカへ留学、ハリウッドで第1回アカデミー賞技術効果賞を受賞したR.ポメロイに師事し、特撮技術を学んだ。ポメロイの代表作は聖書の世界を映画化した『十戒』(1923年)があり、モーゼの力で紅海が割れるシーンは特に有名である。松井はポメロイから当時最先端の技術を学んだただ一人の日本人である。日本帰国後は映画の合成技術に関する特許を取得し、特撮を活用した映画を制作・発表した。代表作として『浪子』(1932年)、『忍術猛獣国探検』(1936年)などがある。

写真6 松井勇

                 松井  勇
 『ゴジラ』(1954年)で有名となった円谷英二より歴史的に早く活動を開始した松井だが、その技術は日本映画界にとって早すぎたのと、映画の興行結果も思わしくなかったことから彼の名前や業績は映画史の中に埋もれてしまった。しかし、特撮技術に目をつけ、円谷英二東宝に招聘した東宝のプロデューサー・森岩雄(1899年~1979年)が松井に接触し、松井の技術に注目していたことが書簡から判明している。現在、髙橋修氏によって松井が残したハリウッド時代の手帳やメモなどの資料の研究が進められている。それは日本映画史の新たな発見となるだろう。研究結果が待ち遠しい。

写真7 松井勇が手がけた特撮シーン(映画名不詳)

         松井勇による特撮シーン(映画名不詳)

 トークセッションで上映した動画は、原口氏の工房でのミニチュア修復の様子をまとめたものである。撮影は2019年9月30日に行った。この日、原口氏が修復していたのは『ウルトラマンタロウ』(1973年)に登場した宇宙科学警備隊ZATの主力戦闘機・スカイホエールで、全長は約120cmのものである。このサイズのスカイホエールは2機あったものの、現存するのはこの1機のみである。オリジナルの部品も大切に保管され、修復のための参考資料にしている。このスカイホエールは歪んでいる部分があるが、原口氏は歪んだ部分を直すことはしない。「当時と同じ技法で修復したミニチュアを残すことによって、興味を持ってくれれば」と話す原口氏の姿勢には頭が下がる。他にも工房には様々な特撮作品のミニチュアやプロップ類が保管・修復されていた。こうした貴重な資料をビデオカメラで撮影し、約5分の動画に仕上げ、原口氏の生解説付きで上映を行った。本部会はアーカイブと特撮作品がテーマになっていることから、講師の講義にプラスして動画を上映することで聴講者の理解を深めることに注力した。また、本部会では30秒の宣伝動画を制作、YouTubeなどにアップロードし、宣伝活動を行った。

20191201JMMA宣伝動画

 本部会終了後、複数の聴講者がTwitterで本部会の感想をツイートし、さらに「#東宝映画これをデジタル化希望」というハッシュタグを立て、デジタルリマスター化してほしい東宝作品を次々とツイートする現象が数日間に渡り起こった。また、ある聴講者の話では、聴講していた女子大学生が『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』(1999年)に登場するイリスのイラストを描いていたという。聴講者の半数は特撮映画ファンだったが、残りの半数は、21世紀になってから生まれたジェネレーションZ(Z世代)だった。Z世代にも実写作品の中間制作物の保存の重要性を伝えることができた意義は大きい。
実写の持つ魅力は、やはり立体物であると改めて考えさせられた。
 近年、特撮イベントで展示されている特撮映画で使われたミニチュアや着ぐるみなどの中には、別作品で改造されたままの状態のものや、欠損した部分を修復しているものの、当時とは異なる方法で修復され、展示されているものもある。
 予算にも限界があり、意見も分かれるかもしれないが、資料保存の目的から見れば、その映像作品に初登場した状態で修復されることが望ましい。オリジナルへの回帰である。『シン・ウルトラマン』(2021年公開予定)に登場するウルトラマンのデザインが2019年12月に発表されたが、成田亨氏(1929年~ 2002年)が『ウルトラマン』(1966年)のためにデザインした、カラータイマーのない初期のデザインコンセプトを採用したことも記憶に新しい。

 1960年代の怪獣映画ブームの頃から、着ぐるみやミニチュアを使った展示イベントは数多く開かれてきたが、ブームが沈静化するとイベントの数も減り、展示物の保管状況も悪くなっていく。人間は記憶を忘れる生き物だと言われる。造形物も正しい形にしておかなければならない。今後は福島県須賀川市に整備中の特撮アーカイブセンターが中心となって、ミニチュアなどの中間制作物の保管が担われるであろうが、私たちはただ見ているだけではいけない。本部会も日本が世界に誇るサブカルチャーの一つである特撮の遺産を守るため、原口氏や清水氏らの保存活動への思いを多くの人へ伝えて続けていくべきである。                 
                            (小澤 智之)

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※本稿はJMMA会報NO.86 Vol.24-2より再構成しました。


髙橋 修(たかはし おさむ)
1971年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)、東京女子大学現代教養学部准教授。主な著作は、「甲州博徒論の構想」(平川新編「江戸時代の政治と地域社会 第2巻 地域社会と文化」清文堂、2015年)、「甲州博徒抗争史論」(「山梨県立博物館研究紀要」7、2013年)、「近世甲府城下料理屋論序説」(山梨県立博物館展示図録「甲州食べもの紀行」2008年)ほか。

小澤智之(おざわともゆき)                    1975年生まれ。1999 年大阪芸術大学放送学科卒業。1999 年テレビ山梨入社。報道部に所属し記者兼ビデオカメラマンとして活動。 2006 年に株式会社東宝映画に入社し、映画界に入る。その後はロケーションコーディネーターとして映画やテレビドラマ、 MV製作などに携わる。主な参加作品は 「連続ドラマ W 東野圭吾 変身 」 、 NMB48 チーム M「ハート、叫ぶ」、チーム BⅡ 「 ロマンティックスノー 」 など 。 ドキュメンタリー映画 「特技監督 中野昭慶が語る特撮映画の世界 」の製作を2014 年 11 月に始め、 2017 年 12 月に完成させた。株式会社岡島所属。





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