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ごはんの前にデザートを食べた夜。

もよ

ゆうちゃんは、夜ごはんの時間が嫌いだ。

ゆうちゃんはすぐにお腹いっぱいになってしまうのに、お皿の上にはいつもたっぷりの料理が盛られている。お母さんが言うには、それは「生きるために必要なごはんの量」で、食べなければならないものらしい。

お母さんはゆうちゃんと向かい合わせの席に座って一緒に食べる。食べ終わると、ゆうちゃんが全部キレイに食べ終わるのを怖い顔で待ち続けている。

その顔を見ると、胃袋がよりキュッと縮んでしまうような気がした。はじめはおいしかった料理をおいしく感じなくなる瞬間を、ゆうちゃんは知っている。その瞬間は「胃袋がいっぱいになりましたよ」という胃袋からのサインなのに、それを無視して胃袋にギュウギュウにつめこんでいく作業は、ただただ苦しかった。

結局、すべてを食べ終わるのに1時間くらいかかってしまう。「ごちそうさま」とゆうちゃんが小さな声で言うと、お母さんはため息をつきながら「今日も1時間かかったね」とボソッとつぶやいた。


お母さんは、小柄で華奢な体つきのゆうちゃんにたくさん食べてほしくて、ただただ必死だったのかもしれない。

でも、胃袋の大きさとか、食べたものから吸収できる栄養の量とか、口の大きさとか、噛むスピードとか、そういった生まれながらに備わっているデフォルトがあって、それは1人1人ちがう。そして、今日の気分とか、今日のお腹の調子とか、今体が欲している栄養とか、そんな日々変わっていくものだってある。それらは努力して変えられるものなのだろうか。


「がんばれば、もう少し早くもう少したくさん食べられるようになるからね!がんばろう!」

お母さんはゆうちゃんにそう言って、毎日毎日ゆうちゃんの向かい合わせの席で待ち続けた。




そんなある日、お母さんがめずらしくアイスクリームを買ってきたのだ。

「ごはんの後に一緒に食べようね。」

お母さんはそう言った。



ごはんの時間はたまらなく嫌だけれど、今日のごはんの後には、お母さんと一緒にあのアイスクリームをニコニコしながら食べられるのかと思うと、ゆうちゃんはいつもより早く、ごはんを胃袋に詰めることができるような気がした。


夜ごはんの時間になって、食卓にごはんが並んだ。そしてなぜか食後に食べるはずのアイスクリームも一緒に並んでいた。


「アイスクリーム、ごはんの後に食べるんじゃなかったの?」

ゆうちゃんはお母さんに聞いた。


「アイスクリームはごはんの後だよ。ゆうちゃん、ごはん早く食べないとアイスクリームが溶けちゃうよ。」

お母さんはそう言って、黙々とごはんを食べ始めた。


ゆうちゃんはその言葉にびっくりした。お母さんはなんて意地悪なことをするんだろう。


ゆうちゃんは少しずつ少しずつ確実に溶けていくアイスクリームを見つめながら、がんばってがんばってごはんを食べた。どうか私が食べ終わるまで、半分でもいいから残っていてほしいと願った。

でもそんな願いはもちろん叶わず、ゆうちゃんが食べおわる頃には、アイスクリームは全部溶けてしまっていた。


溶けてしまったアイスクリームをスプーンですくって一口食べると、こらえていた涙が溢れて止まらなくなった。



「もっと早く食べ終われたら、おいしく食べられたのにね」

お母さんが言った。「お母さんの意地悪!」と叫びたくなったけれど、お母さんのアイスクリームも溶けてしまっていることに気づいた。

私が食べ終わるのを待っててくれていたのか・・・という気持ちと、ごはんが食べ終わるまで冷凍庫に入れておいてくれたら一緒においしく食べられたじゃない!という気持ちが混じり合って、お母さんが優しいのか意地悪なのか全くわからなくなってしまった。


そんな中、いつもより早く、お父さんが会社から帰ってきた。泣きながら溶けたアイスクリームを食べるゆうちゃんと、うつむいて淡々と溶けたアイスクリームをすくうお母さん。その状況を見てすべてを悟ったかのようにお父さんは、何も言わずにゆうちゃんの頭をポンポンッとたたいたあと、お母さんの肩をポンポンッとたたいた。


お母さんもさすがに意地悪しすぎたと思ったのだろう。それ以降、そんな意地悪なことはしなくなった。ゆうちゃんは以前と変わらず、たっぷり盛られたごはんを胃袋につめこむ憂鬱な時間を毎日迎えるしかなかった。



それからしばらくして、お父さんの誕生日がやってきた。お母さんはお父さんに「何か食べたいものある?」と聞いた。


お父さんは少し考えて、

「食べたいもの、ある!俺が会社帰りに買って帰ってもいい?ごはんもケーキも、ね。」


お母さんは不思議そうな顔をしていたけれど「あなたがそう言うなら。」と言った。


「お父さん、何を買ってくるの?」

ゆうちゃんがそう聞くと、お父さんは「内緒!」と言って、なんだか楽しそうにに玄関を出ていった。


その夜、お父さんは息をきらしながら、なんだか焦った様子で家に帰ってきた。両手ににぎられている袋の中に、お父さんが食べたいものたちが入っているのだろう。

「今日はお父さんの誕生日だから、お父さんのお願いを聞いてくれる?」

お父さんは、お母さんとゆうちゃんにそう言った。2人ともうなづくと、お父さんは袋の中に入っている食べ物たちをダイニングテーブルの上に並べはじめた。


からあげ、えだまめ、ポテトサラダ。
そして、アイスクリームのケーキ。


ゆうちゃんが大好きなものばっかりだった。



「このケーキはアイスクリームでできているので、先に食べます!」

お父さんは笑いながら、そう言い切った。そのきっぱりした感じと、今日は誕生日だから特別、というのが重なって、お母さんもそれに反対しなかった。


「この間みたいに、溶けちゃったらおいしくないもんね」

お母さんはゆうちゃんの方が見ながら、ちょっとだけ気まずそうにそう言った。ゆうちゃんにはその目が「この間はごめんね」と言っているように見えたので、心の中で「もういいよ」と言った。




ごはんの前に、3人で大きなアイスクリームケーキを分けて食べた。その後に、からあげとえだまめとポテトサラダを3人で分けて食べた。

お父さんはビールを飲んでいて、なんだかいつもよりおしゃべりだ。お父さんの話を聞いて、お母さんとゆうちゃんはゲラゲラ笑った。


気づいたら、ダイニングテーブルの上の食べ物たちは全部なくなっていた。


いつもの、あの永遠かのように感じる長くて暗い時間がウソみたいだ。3人の楽しい時間はあっという間に過ぎていき、それと同じように食べ物たちもあっという間になくなっていった。


「みんなで一緒に食べるごはんはおいしいね。楽しいね。」

酔いが回っているお父さんは満足そうにそう言うと、リビングのソファでグウグウ寝てしまった。

お父さんはいつもだいたい夜の9時頃にお家に帰る。そのときにはもうゆうちゃんはぐっすり眠っている。洗濯物を干したり畳んだりするお母さんを見ながら、1人でごはんを食べるお父さん。たとえ全く同じ食べ物だとしても、作りたてと作りおきでは味が違うし、誰とどんな話をしながら食べるのかでも味は違うということをなんとなく知っているのかもしれない。


お母さんは、お父さんにフワッと毛布をかけた。「お誕生日おめでとう」と小さな声で言いながら、お父さんのお腹をポンポンッとたたいた。






次の日、また夜がやってきて夜ごはんの時間がやってきた。

ダイニングテーブルの上には、小さなお皿や小さなお椀や小さなお茶碗に、かわいく料理がのせられていて、ゆうちゃんはびっくりした。


「アイスクリームが溶ける前に食べおわる量にしておいたよ。」

お母さんは、ちょっとだけいたずらっぽくそう言った。


私はそのかわいいごはんを、あっという間に食べ終わって、人生ではじめての「おかわり」をした。次はお母さんがびっくりする番だ。


「楽しいと、たくさん食べたくなるみたい。」


その言葉を聞いたお母さんは苦笑いしながら、温かいごはんを小さなお茶碗によそって、ゆうちゃんの目の前にコトンと丁寧に置いた。


ほのかに湯気があがる、真っ白でツヤツヤしたごはんを見つめていると、胃袋がふわっとゆるんでどんどんひろがっていくような気がした。ゆうちゃんはちょっとずつお箸でごはんをつまんで、小さな口でゆっくり噛んでゆっくり味わった。

すると、心の底から温かい何かが湧いてきた。その何かはきっと、ごはんそれ自体の栄養以上に大切なものだ。



お母さんは、まるで憑き物が落ちたかのように鼻歌を歌いながら後片付けをしている。

ゆうちゃんはその様子をみて、明日の夜ごはんも楽しみだな、と思った。




そして、お父さんが帰ってきた。いつものようにラップされたごはんが食卓に並んでいる。それを電子レンジで温めて、お父さんはいつものように「いただきます」と言って食べ始めた。

「今日のごはんはいつもよりおいしいなぁ」

お父さんはちょっとだけ照れながらそう言った。それはきっと、お父さんと向かい合わせの席にはお母さんが座っていたからで、お父さんがパクパクごはんを食べる様子をただ見つめながらおしゃべりするお母さんの顔が、とっても幸せそうだったからにちがいない。



(終)




【知世のひとこと】

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。とっても短い物語だけれど、これは私が書いた小説の記念すべき第一号です。

正確には第一号ではなくて、社会人1年目の頃に10個くらいブログで短い小説を発表したことがありました。

でも当時生き急いで、何者かになろうとしていた私は「小説を書いて小説家にでもなるつもり?なれるわけないよね。時間の無駄だから、もっと未来につながる時間を過ごしなよ」みたいな冷めた心の声が聞こえてきてしまって、書くことをやめてしまいました。その上、せっかく書いた物語を全部消去して「なかったこと」にしたんです。せめて記念に置いておけばいいのに、なんて極端なんでしょうか。


たった10個だったけれどその期間、書くのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。今なら、そのこと以上に大切なことなんてないって思うけれど、当時は「意味のない楽しい時間」よりも「未来につながる意味のある時間」の方が大切に思えたんです。


昨日、なぜか当時のことを思い出して、急に書きたくなって書いてみました。ひょんな思いつきだったけれど、noteになら書いてもいいような気がして。


「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」

いつかどこかで目にした、
noteが掲げるnoteのミッション。

小説家じゃなくても、小説を書いて発表してもいいってことです。むしろ、そんな場所をつくることを目標にしている場所ってことなので、遠慮なく書かせてもらおうと思います。


意味のない、
ただ楽しいだけの時間の大切さ。

それは息子に教えてもらったことです。

だからこれから、書きたいときに書きたいだけ書いていこうと思えています。

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もよ

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