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4歳息子の「ほしいものを手に入れる力」に励まされているママの話。

4歳息子の「ほしいものを手に入れる力」は強烈だ。

その力は主に、ガチャポンとハッピーセットで発揮される。


今までで1番強烈だったのは、"昆虫館"に行ったときのこと。


当時は2歳くらいで、普段は何かを買ってほしくて駄々をこねることはほとんどなかったけれど、その日はめずらしく駄々をこねた。

"巨大ダンゴムシのガチャポン"をしたいとのこと。

そのガチャポンの値段を見てびっくりした。500円だったのだ。ガチャポンごときで500円なんて考えられなかったので、私は却下した。

その場を離れようとする私と、ガチャポンの前から離れようとしない息子との戦いは30分ほど続き、ついに私が勝った。

今思えば、「めったに欲しがらないんだから、たまになんだから、やらせてあげたらいいやん・・・」って思うのだけれど、当時は「1回許してしまった終わり。毎回やりたいって言い出すにちがいない!」と意固地になっていたのだ。

その日は父ちゃんが帰ってくる前に息子と一緒に寝落ちしてしまって、朝早くに目がさめた。トイレに行ってからリビングに行くと、ダイニングテーブルの真ん中にポツンとガチャポンが置いてある。

まだ寝起きでボンヤリしていた私は、「あれ?昨日けっきょく私が負けて、ガチャポンしたんだっけ?」と昨日のことを思い出してみたけれど、「ガチャポンはしなかった」という事実を頭の中で確認した。


そのガチャポンを手にとって、中身を確認してみると、驚いた。

それはどう見ても、昨日息子が欲しがっていた巨大ダンゴムシなのだ。


なんでだろう?なんでだろう?

ぐるぐる頭の中で考えていると、ちょうど父ちゃんがリビングにやってきたので、聞いてみた。


「このガチャポン、昨日の夜からあった?」


「あ!それな、昨日会社の人からもらってん。ダンゴムシ全種類集めたくて何回もやったらダブりまくったらしくて。息子さんにあげてって。」


あ然。

父ちゃんに昨日の昆虫館での出来事を話すと、父ちゃんもあ然。

その不思議な奇跡に、2人で震えた。



「りんりーん!これ、父ちゃんが会社の人にもらってんて!昨日りんりんがめちゃくちゃほしがってたダンゴムシやで!すごくない?奇跡や!」

起きてきた息子に、鼻の息荒く話しかける私を不思議そうに見つめる息子。息子にはまだその"すごさ"が伝わらないようだった。「やったー!ダンゴムシ♪ダンゴムシ♪」と普通に遊びはじめた。

あっぱれ。 



2番目に強烈だったのは、最近電気屋さんに行ったときのこと。


ロボットのガチャポンがしたいと言い出した。

300円だし、ガチャポンをするのは久しぶりだし、まぁたまにはいっか!と思い、ガチャポンをすることにした。


「母ちゃん、僕どうしても青色のロボットがほしい。」

息子がそう言ったので、「青色が出るとは限らないで?青色がでなくてもションボリしないでよ?」と釘をさしてから、お金を入れた。

息子は小さな手で、一生懸命レバーを回す。


けれど、いくら回してもカプセルが出てこない。店員さんを呼びにいって確認してもらうことにした。

すると店員さんはガチャポンの機械を鍵であけて、ニコニコしながら息子に向かって言った。


「どうぞ。好きなの選んでください。」


息子の顔がパーッと輝く。もちろん、青色のロボットを選んでご満悦。

私はその横で、あ然。

あっぱれ。






そんなこんなで、「昆虫館ガチャポン事件」&「電気屋さんガチャポン事件」については強烈に記憶に残っているけれど、そのほかにも息子の「ほしいものを手に入れる力」が発揮される場面に何度も立ちあった。


ハッピーセットのオモチャについては、息子が駄々をこねるくらいに「〇〇がほしい!」と希望した時は、本当にそれが当たることが多い。

マクドにたまたま行って、「今回のオモチャ、つまらなそう。もっとおもしろそうなオモチャがよかったな。」と息子がしょんぼりしていたけれど、結局ハッピーセットを頼んだとき。レジのお姉さんに「申し訳ありません。現在のハッピーセットのオモチャが品切れなので、別のものをお渡ししております。よろしいですか?」と謝られた。その代用品がプラレールだったので大喜びだった、ということもあった。




固くなった私の頭では、「ほしいものを手に入れる方法」は、多くても数パターンくらいしか思いつかないけれど、本当はもっともっと方法があるのかもしれない。そう思わせてくれる。


まさか、次の日に父ちゃんの仕事仲間からもらえるなんて。まさか、機械が故障して好きなものを選べるなんて。


そんなような「まさか」を含めて「ほしいものを手に入れる方法」を考えてみると、その方法は無限にあるような気がしてくる。

すると自分の可能性がふわっとひろがるような気がして、心地が良い。



もしかしたら何かを「ほしい」と思ったとき、「その方法」までを自分で決めなくてもいいのかもしれない。


「ほしい」とだけ願って、今自分にできることをコツコツやって気楽に待っていれば、ひょこっと「まさか」の方法で手に入ることだってあるのかもしれない。






「あれがほしいけれど、今の私には無理だよな・・・」と諦めてしまいそうなとき。


ほしいガチャポンの機械の前で、しゃがんでいる息子のうしろ姿が、ふと頭の中に浮かんでくる。



私の場合、

ほしいカプセルがたまたま出る、その可能性の低さに絶望して、レバーを回すのをやめてしまうことがある。そして、レバーを回さなかった自分を「ダメだな。弱いな。勇気がないな。」と責めてしまうことだってある。

でも、レバーを回さなかったり、なんらかの理由で回せなかったとしても、「ほしい」という気持ちを大切にしながら、今自分にできる範囲でできることをやっていれば、「まさか」の方法で手に入れられる日が来るかもしれないよね、と自分を励ます。

息子が次の日、たまたま父ちゃんの仕事仲間から巨大ダンゴムシをもらったように。



そして、勇気をふりしぼってレバーを回したとしても、まさかの故障で出鼻をくじかれることだってあるかもしれない。

でもその故障のおかげで、ほしいものが手に入ることだってあるんだよ、と自分を励ます。


息子がたまたま、青色のロボットの入ったカプセルを、自分の手で選べたように。




「ほしい」という気持ちさえ大切にしておけば、

レバーを回すのもよし、
レバーを回さないのもよし、
レバーを回せないのもよし。


ちっぽけな1人の人間の頭では思いもつかない方法で、ほしいものが届くことがあるかもしれないし、届かないこともあるだろうけれど、

その無限の可能性は、自分の「ほしい」という気持ちに制限をかけている鎖のようなものをパチンッと切って、自分自身で決めている
リミットを広げてくれる。




「ほしいもの」が自分の頭で想像のできる方法で手に入らないからといって、あきらめる必要はないんだ。

「ほしいもの」は「ほしい」と気楽に思っていればいいんだ。



息子の「ほしいものを手に入れる力」を思い出すと、なぜかそんなふうに思えてくる。





まさか、ガチャポンを通して、息子に励まされるなんて。勇気づけられるなんて。


私たちの日常には「まさか」があふれている。「まさか」を含めた私たちの可能性は無限大だ。




ほしいものは、ほしい。



それがどんなに今の自分には無理そうに感じる"もの"や"こと"だったとしても。

シンプルに願おう。
気楽に願おう。


「願う」という小さな小さな種をまかなければ、「ほしいものを手に入れる」可能性はゼロになってしまうから。




ちなみに、
私が今いちばんほしいものは、"車"だ。

第1希望は、ハスラーの山吹色。あのコロンとしたフォルムがたまらない。道で山吹色のハスラーを見ると、いつもキュンとする。新車だったら130万円くらい、中古だったらもう少し安いかな?

家族の全財産は、およそ100万円。
全財産を使っても今は買えない。

家族3人と猫2匹で普通に楽しく暮らすのには、十分なお金があると思っているけれど、マンションの駐車場代は1万5000円、その他ガソリン代や維持費のことを考えると、ローンを組んで購入する勇気はまだない。いくら車があっても、日常生活がギリギリだったらしんどいなと思うから。


それよりも気がかりなのは、私も父ちゃんもペーパードライバーだということ。もし車を手に入れられたとしても、運転できるのだろうか?息子の命を乗せて。


・・・なんて、いろいろ"無理"な理由があふれでてくる。



でも、ほしいものはほしいのだ。


車を手に入れる方法は、今の私の頭では思いつかないけれど、「まさか」な方法で手に入る可能性だってある。

結局手に入らない可能性だってあるけれど「ほしい」と思う気持ちを捨ててしまうのはもったいない。


ほしいな。

ほしいな。

車があったら、家族や友達ともっといろんな場所に行ける。

バーベキューやキャンプもできるな。

ふらっと思いつきで、遠出ドライブとかしたいな。「なんか海を見たい気分なの」とか言って、気楽に海まで行っちゃったり。

たのしそうだな。


ただそうやってワクワクしながら待つことは、今はお金の足りない私にだって簡単にできることなのだ。




「貯金100万円のあなたが何贅沢なことを言ってるの?」「ペーパードライバーのあなたが、大切な家族を乗せて運転する気?」なんていう意地悪な自分の声が聞こえてくることもあるけれど


(願うのはタダだもんねー!誰にも迷惑かけてないもんねー!)って

意地悪な自分にアッカンベーをしている自分を想像しながら、ただのん気にほしいものはほしいと願える"たくましい私"でありたいなと思えるようになったのは、息子のおかげかもしれない。

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