見出し画像

ママが「1日1人暮らし体験」をして、感じたこと。

2021年12月29日。

浮足立っていた。


今日は父ちゃんが息子を連れて、実家に泊まってくれる日だ。私が息子を連れて、私の実家に泊まることは何度かあったけれど、その逆ははじめてだった。


わが家で、1人きりで一夜を過ごすのははじめてだということだ。


1人暮らし気分を味わえるそのたった一夜を、決して無駄にしてはならないと、1ヶ月前から入念にその日の計画をしていた。



①今1番会いたい友達と会う。
②終電まで夜の街を楽しむ。
③1人家飲みをしながら、映画マトリックスを見る。


その日のことを考えると、もうニヤニヤが止まらなかった。






当日の朝、息子と父ちゃんを玄関で見送る。

「母ちゃんさ、今日は久しぶりに夜まで友達と遊んでくるね。だから一緒に泊まれないけど、明日には合流するからね。」

そう息子に伝えると、息子はなんとなく不安そうな顔をしていたので、いつもより長く強くハグをした。


「もしかしたらこれが最後のチューになっちゃうかも。最後のチューだと思ってチューして。」


父ちゃんはそんなことを言う。その言葉を軽く流して、いつも通りのライトなチューをした。

でも扉がバタンとしまった瞬間、よくドラマなどで使われる「あのときが最後だったフラグ」が立ったような感じがして、そこから嫌な妄想が膨らんでいってしまった。


息子と父ちゃんが実家への道中、事故にあってしまうパターン。父ちゃんが急に脳梗塞的なもので倒れてしまうパターン。息子が道路に飛び出して車にひかれてしまうパターン。私が夜の街で事件に巻き込まれるパターン。

どれも可能性ゼロパーセントの話ではないのだ。それならば、もうちょっと激しめのチューをしていればよかったかも。息子の顔をもっとじっくり見ればよかったかも。そんなことを考えていると、ちょっとだけワクワクがしぼんでしまった。父ちゃんめ。



友達と3時頃に待ち合わせて、夜の11時すぎまでしゃべりまくった。数少ない、なんでも話せる友達。それでもあっという間で「短いな」と思った。

中崎町の可愛らしいカフェで、1時間くらい並んで焼き菓子とチャイを頼んだ。「並ぼう」と思える時間の余裕がうれしい。座った椅子がブランコみたいなデザインで、テンションがあがる。その後、こじんまりした焼き鳥屋さんで、たくさん焼き鳥を食べた。なぜかキモをおいしいと感じる。もっと食べたくなって、そのあと鳥貴族に入る。大学生の頃によく行っていたので、なんだかジーンとした。ちょっぴり調子にのってしまったからかお腹を壊し、途中何度もトイレに行く。全部出し切ったら案外すんなりと治ったけれど、テーブルに並んでいたシメの釜飯と雑炊はさすがに食べるのをやめて、ちょっぴりくやしい思いをした。


ハッと気づくと11時をすぎていて、割と終電ギリギリだったので早歩きで駅の方へ向かった。友達とバイバイして、阪急電車に乗り込む。楽しかったなぁ。やっぱり夜の街って好きだなぁ。昼に会うより夜に会う方が、より友達と親密になれるような気がするのは何でだろう。少しフワフワする頭でそんなことを感じながら、上機嫌で電車にゆられて誰もいないわが家に向かう。


ここまでは完璧だった。予定通り、最高の1日だったのだ。




最寄りの駅につくと、0時をちょっとすぎていた。最寄り駅から家までは私の足で15分足らず。トコトコ歩くその足音が聞こえるほどに静かだ。まるで世界に私1人きりみたい。

ふと、背後が気になりはじめる。

振り返っても人はいないし、人の気配すら感じないのに、そのシチュエーションが妄想をかきたてる。だいたい映画とかドラマでストーカーされたり襲われるのは、今の私のようなシチュエーションの時なのだ。


急にこわくなってしまって、走り出す。


私が今ドラマの主人公で、だれかがスクリーンで見てくれているのならば、"誰にも狙われていないのに勝手に逃げはじめる、自意識過剰な女"にちがいない。

でも走ると怖さがやわらいだ。万が一狙われていたとしても、きっと「気づかれちまった!」と思って退散してくれたにちがいない。


早く家に帰りたい。その一心で走り続けた。



マンションの前に着くと、ひとまずホッとして足を止めた。久しぶりに息が切れて、真冬なのに体が熱い。エレベーターに乗って、エレベーターを降りて、わが家の玄関の鍵をガチャリと開けて、ドアを開けた。



開けた瞬間、ギクッとした。


真っ暗だったのだ。



急いで玄関の電気をつける。猫が廊下を歩くときの音が聞こえてきて、ちょっとだけホッとした。コメとムギが暗闇の中から現れて、私の足元に寄ってきてくれる。

まだ玄関しか電気のついていないわが家。薄暗い廊下の先に、真っ暗なリビングが見えている。早く電気をつけなくちゃ。

ムギを抱きかかえて、フワフワに顔をうずめると、リビングの電気をつける勇気が湧いてきた。ムギを抱っこしたまま、リビングまで一気に小走りし、勢いよく電気のスイッチを押した。



パッとリビングが明るくなった瞬間、怖さはフッとゆるんだけれど。


リビングが異様に広く感じた。
リビングがガランとしている。
リビングに、いつもは当たり前に響いている音たちが居ない。

「あの人もあの人もあの音たちも、みんなどこに行ってしまったの?」

わが家がそんなことを言いながら戸惑い、さみしがっているような気にさえなってくる。




たまらなくなって、テレビをつけてみた。

お笑い芸人さんがネタをやっている。私はお笑いのテンポや雰囲気がちょっぴり苦手なので、ふだんはザワザワする苦手な音のはずなのに、今日はなんだかありがたい。


お風呂のお湯をはって、のんびりゆっくり一人風呂を楽しもうと思っていたのに。

そのあとは、一人で飲み直しながら、映画マトリックスを見ようと思っていたのに。

そんなことはもうどうでもいいから、一刻も早く眠ってしまって、一刻も早く朝になってほしい。


そんな気持ちになっていたので、バタバタとシャワーを浴びて、寝室で寝るのが怖いからリビングに布団を敷いて、電気もテレビもつけっぱなしにしたまま、ギュッと目をつぶった。


ウトウトしていると、フワフワしたものを頬に感じる。布団を少しめくって、左脇にすき間をあけると、ムギが左脇にスッポリおさまった。しばらくするとお股にフワフワしたものを感じる。腹筋を使って、チラッとお股に目をやると、コメがお股にスッポリおさまっていた。

ああ、コメとムギも、りんりんと父ちゃんがいなくて寂しいのかもしれない。でも今日は君たちがいてくれて、私はほんとうに助かったよ。

そんなことをボンヤリ思いながら目を閉じていると、いつのまにか眠っていた。



ハッと目が覚めると朝になっていて。

つけっぱなしの電気が明るすぎて消した。
つけっぱなしのテレビもうるさく感じて消した。

昨日の夜、どうしてあんなに怖かったのかがわからなくなるくらいに、私の心は"ふつう"に戻っていた。




よく考えたら、私は一人暮らしをしたことがない。仕事で寮に入ったことはあるけれど、一人で部屋にいても、いつも人の声や気配があった。

忘れていたけれど、私はすごく怖がりだった。実家のトイレでさえも、幽霊が出やすいと言われる夜中の2時を過ぎると、廊下が怖くてバタバタと走っていた。おばあちゃんちのお風呂には1人で入れなくて、大きくなってからも母やイトコを誘って入っていたっけ。幽霊が見えてしまうのならまだしも、幽霊なんてみたこともないのに、なぜか異様に幽霊を怖がる子だった。理由はない。怖いものは怖いのだ。

だから、廊下の長すぎる家と、リビングからトイレやお風呂が離れすぎている家に住むのは嫌で、それを基準にして家を決めていたくらいだったのに。


そんな自分の過去のことを全部全部忘れて、私は「1人の夜」にワクワクルンルンしていたわけだ。



「1人」というのは、

夜に帰ると真っ暗で、自分で電気をつけるということで。「おかえり」という言葉がないということで、家の中には"自分が出す音"しかないということで。

人と過ごすめんどくささにヤラれて、「1人になりたい」なんて思ってしまうことがよくあるけれど。

私の帰る場所には、いつも当たり前に人がいてくれた。「1人になる」ということを本当の意味で知らないからこそ、「1人になりたい」って思えているのかもしれない。



家族と暮らすということは、楽しいことばかりじゃない。子供がいれば、時間だって自分の自由に使えやしない。やることだらけ、わずらわしいことだらけ、だ。

外で働きはじめてから、よりそんなふうに思ってしまっていた。


でも、たった1日だったけれど1人の夜を過ごして、今はあのわずらわしくて温かい家族との日々に戻りたくなっている。



温かいけれど、わずらわしいときもある。

気楽だけれど、さみしいときもある。

刺激が多くて大変だけれど、
楽しいこともある。

刺激が少なくて楽だけれど、
物足りなく感じるときもある。


誰かと暮らしても、1人で暮らしても、どっちを選んだとしても、明るいものと暗いものの両方を同時に感じるようにできているような気がする。


それならば、今せっかくそばにいてくれている父ちゃんと息子と、温かさを感じながら、わずらわしさを感じながら、楽しさを感じながら、大変さを感じながら、やっていけばいい。

温かさだけ、楽しさだけ、なんてものがあればそりゃいいのだけれど、きっとこの世界はそんなふうにはできていないのだ。




父ちゃんの実家に向かう電車の中で、これを書いている。

今から、1日ぶりに父ちゃんと息子に会いに行く。

きっと今日は父ちゃんと息子をいつもより愛おしく感じるにちがいない。3人でわが家に帰ったときには、ジーンと温かさを感じるにちがいない。3人で入るお風呂も、3人で川の字になって寝る時間も、きっと幸せだろう。

でもきっと3日後には、父ちゃんと息子にイライラしているかもしれない。一人でゆっくりお風呂につかりたい、やりたいことがあるからどうか一人で寝ておくれよ、なんて思っているかもしれない。


もうそんな感じでいいんだと思う。

そんな感じで。




私が「1日1人暮らし体験」をして感じたことはそんなようなことだった。




日常をちょっぴり崩して
非日常を送ってみると、

今自分が持っている"幸せ"に改めて気づく。
そして日常のキラキラに気づき直す。


だからたまには、"1人暮らし"もいいものだ。


1人ぼっちで夜を過ごすのは、もうコリゴリだけれど。






〈最後に〉

おそくなりましたが・・・
あけましておめでとうございます。
今年もゆるりとよろしくおねがいします♪


今年のお正月は、久しぶりにたこあげをしました。

100均のタコだけど、よく飛びましたよ〜!

この記事が参加している募集

育児日記

大事な時間を使って、私のページにあそびにきてくださってありがとうございます。サポートうれしいです♪書きつづける励みになります(^o^)