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やさしい音

もよ

今日の朝方、夢をみた。


息子がまだお腹の中にいて、私は実家にいるようだ。

パリッと太陽のにおいのする布団にくるまっている。朝目が覚めて現実になじむまでの間、ぼんやりしているときのような心地よい感覚。台所でお母さんが朝ごはんの準備をしていて、私はその音を聞いていた。


水で何かを洗う、ジャーという音。

食器と食器が重なるカチャンという音。

冷蔵庫があいてしまる、バタンという音。

まな板と包丁がぶつかるときのリズム。

ガサガサガサと何かの袋をあける音。

卵がパカッと割れる音。卵をフライパンに落としたときのジューッという音。


それらの音を聞きながら、私はなんだか懐かしい気持ちになっている。ずっと布団の中でその音を聞いていたかった。


なんてやさしい音なんだろう。


そう思った瞬間、目が覚めてしまった。私は自分の家の布団で寝ていて、隣には息子と旦那さんがまだぐっすり寝ている。


今から私は、夢の中のお母さんのように台所に立って、息子と旦那さんのお弁当をつくり、そして朝ごはんの支度をするのだ。


まだ音のない部屋に音を奏で始めるのは、今や私だ。夢の中で聞いたあのやさしい音を奏でるのは私なのだ。


でもあんな夢を見てしまったから、私は猛烈にお母さんに甘えたくなってしまった。子供に戻って、あのままもう少し布団の中にいたかった。その後布団から出て、そのままお母さんの作った朝ごはんを食べたかった。


1度お母さんになってしまうと、もうあの音を聞くことはなかなかできない。音のある部屋で目覚める幸せを味わえるのは、子供と旦那さんの特権なのかもしれない。


しばらくして、息子の高くてかわいい声が聞こえてきて、旦那さんの廊下を歩く音が聞こえてきた。猫たちがニャーニャーとないてお腹をすいたことを伝えてくる。


音が増えていく。


そして旦那さんを会社へ見送り、息子を幼稚園へ見送り、家には私と猫2匹だけになった。

音が減っていく。


この音が増えていく瞬間、そして減っていく瞬間が好きだ。そして、この2つの瞬間を味わえるのはお母さんの特権なのだ。



息子が幼稚園に入るまではずっとにぎやかだったから、静かな場所で1人になりたいと思っていた。でも静かな時間を持てるようになった今、にぎやかになる瞬間がとても幸せだったりする。


耳は自ら休むことができないから、音のない空間で過ごす時間も大切なんだと思う。でも同時に耳は音を求めているんだと気づいた。

音がある、楽しさとわずらわしさ。
音がない、休息と退屈。

家族と過ごす、温かさと面倒くささ。
1人で過ごす、気楽さと寂しさ。


私の心は、なんて贅沢なんだろうかと思った。


いろんな感情が湧いてくる家族との日々だけれど、今日の夢のあのやさしい音を思い出すと、お母さんとして過ごす日々がなんだかとても素敵に思えるような気がした。

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