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戸隠 御朱印の罠

2023年の夏、僕らが長野を旅したときのこと。

戸隠(とがくし)は長野市内の地名である。近くには鬼無里(きなさ)という地名もあり、漫画『鬼滅の刃』や『NARUTO -ナルト-』を彷彿とさせ、中二病心をくすぐる。

戸隠神社

この地にある戸隠神社へ向かう。この神社は奥社、中社、宝光社、九頭龍社、火之御子社の五社からなる。このうち、最も訪れるのに苦労するのが奥社であり、30分程度の登山を強いられる。

前日に上高地のハイキングをこなした僕らには朝飯前のはずだ。しかし、一直線の道のりで、かつ、代り映えのない景色の中を歩くのは予想以上に苦行であった。

後半になるにつれ、道の左右に植わっている杉の木が高く太くなっていくのだけは見ごたえがある。道の両脇に後から杉を植えたのか、それとも杉を切り倒して道を作ったのだろうか。

杉並木

汗をかきながら奥社に着いて祈る。僕が賽銭箱に入れる金額は、昔から「ご縁」とかけて「5円」である。5円ができない場合は、夫婦二人で10円を入れればそれぞれ5円ずつ入れたことになるから、我ながら名案だと思う。なお、一人で「10円」を入れるのは「遠縁(とおえん)」になるので避けられているようだ。

結局、妻の意見でそれぞれが100円を入れることにした。彼女の理論によると、「ここまで来るのに苦労したんだから奮発して100円を入れる!」とのことだが、僕の理論では「ここまで来るのに苦労したんだから無料で願いを叶えたまえ!」となる。みなさんはどちらだろうか。

ただ、これからはキャッシュレスの時代、小銭を持ち歩く人はいなくなるのだから、賽銭もバーコード決済に対応しなければならないだろう。

戸隠神社奥社

御朱印の罠

近くの社務所で御朱印をいただく。コロナ禍も収束し、御朱印帳に直接書いてもらえるのは嬉しい。御朱印帳を預けて番号札を貰い、記帳が終わったら番号が呼ばれる仕組み。ベンチで待っている妻よそに、僕は周囲をぶらぶらして写真を撮ったりしていた。元の場所に戻ると、まだ記帳が終わっていなかった。

確認のために、妻がスタッフさん(御朱印を書いてくれる人の呼び名が分からない。)に聞きに行ってくれたが、すぐに手ぶらで戻ってきた。『「それじゃない」って言われた』と妻が怪訝そうに言う。

僕はその言葉の意味を深く追求せず、「参拝者が多いから仕方ないか」くらいにしか思っていなかったが、しばらくして「それじゃない」の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。

「番号札200番台が呼ばれてるのに、50番台の私たちがまだ呼ばれてない」とつぶやく妻。それはおかしいと思い、妻の手に握られていた番号札を見て驚愕する。妻が大事に握っていた札は、なんと一昨日訪れた諏訪大社(山梨県)のもので、すでに役目を終えた番号札だったのである。つまり、諏訪大社の番号札を戸隠神社のスタッフさんに見せて「まだか!」と理不尽極まりないことを言っていたのだ。「それじゃない」というのは、「それ、うちの番号札じゃない」という意味だったのか。(分かるか!)

正規の番号札を見せて御朱印帳を受け取り、来た道を戻った。

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