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専門性と汎用性とオンリーワンと ~その専門性はなんのために磨くのか?~

私は、不定期ではあるんだけれども
「私のビジネス上の唯一無二性、専門性って何だろうか?」
と悩むことがある。

この悩みは私に限らず、個人で事業を展開していれば誰しもがぶち当たる壁なのではないだろうか。

私の場合は時々、
「本当にこの方向で合っているのだろうか?自分の頑張り方向は間違っていないだろうか?」
と不安になっている時、つまり周りと比べてなんとなく自分に自信が持てない時によくこの問いについて考える。


ここのところ自分が至らないなと思うところや、
少しキャパを超えていて手が回りきっていないところがあるのもあって、
久しぶりにこの問いについて考えた。

私には分かりやすい専門性はない、と少なくとも私自身はそう認識している。
※ここで言う専門性とは他人から認知されていてこの頼み事となったらこの人という、わかりやすい肩書きのようなものをさしている。

例えば、
・立地コンサル
・唯一無二の絵が描ける
などなど、こういったことは、他にもそのことができる人がいたとしても基本的には専門性が高く、レアなもの(他の人にはなかなか再現できない)だと私は認識している。

写真撮影もそうかもしれない。
アート系は、全部専門性が高いと私は思っているかも。
(特にご本人なりの世界観と、こだわりと、熱量が高い物について)

きっと他にも色々あるだろう。

さてここで。

私は関わっている各プロジェクトで、その時々や状況によってやっていることも違えば、役割も異なる。
仕事で関わるクライアントさんも業種業態等で共通点があるかというと、ほとんどない。
(過去から今に至るまで、スマートグラス会社、人工芝の会社、カウンセラー、デザイナー、民泊経営者、整体院の院長、スポーツクラブの代表、各種セラピスト、作家さん、不動産関連、システム会社etc)


本当に、ケースバイケースなので、
「お仕事何されているんですか?」と聞かれ、説明に困ることはよくある。


そんな私の専門性は何なのだろうか、と考えた時に

各プロジェクトで状況に応じて動きを変えられる、もちろんスキル的にできないことはあるが、プロジェクトごとに必要に応じた動きができるという汎用性の高さこそが、ある種、私の価値なのではないだろうか?

そういう考えに、たどり着いた。


という一連の思考を、あおハルというコミュニティで、仲間に伝えてみた。

そして、改めて私ってどう見えてる?と聞いてみた。

すると、
・言語化がわかりやすい
・違った視点からのフィードバックがなるほどってなる
・翻訳してくれる感じ
・説明が分かりやすくて惚れた
といった、フィードバックを頂いた。

これは、シンプルに嬉しい。
まだまだ言葉や表現力が足りなかったり、
相手の思っていることを汲み取りきれてないこともあったりするだろうけれども…
その中でも、できる限り伝えたいことが伝わるよう、丁寧に言葉を選んではいるので、そこをこうして受け取ってもらえるのはとても嬉しい。


そして、ずっと一緒にお仕事をさせてもらっているゆ~みんから

オンリーワンの存在に専門性は関係ない。存在として、替えがきかないんだよ。スキルを求めているのではなく、ともみちゃんを求めているんだよ。
専門家のチカラを借りたいのではなく、「ともみちゃんと未来を創りたい」です。

とのフィードバックをもらって、震えるよね。
えぇ、泣くよね。


そう言えば、過去別のクライアントに

「いま、自分が頼りにしているともみちゃんのスキルは全部なくなったとしても、そばにいてほしい、繋がっていたいと思っている」

って言ってもらえた時に、この人とはずっと仕事を一緒にしていたいと心から思ったことをふと思い出しました。
(※エレコ的にはド風で、基本実利実益で動く人だったので本当に大切にしてくれてるんだなぁと感動した)

確かに目の前のクライアントの役に立つために、スキルが必要になれば私もそのスキルを磨く専門性を磨くことも、今後あるかもしれない。


ただ専門性は、自分の安心のための道具ではなくて
目の前の大切な人とつながるため、目の前の大切な人の力になるための武器であって、ちゃんと目の前の人と繋がっているということが自分にとって一番大事だったんだなということを改めて確認できました。


繋がりを大切にするって
(ビジネスで言うと)ものすごく地味だし
結果が出るのにも年単位の時間もかかるし
短期的にガンガン稼いでいけるかとそうでもない。


ただこれを、5年10年と確実に、誠実にそして勇気と思いやりを持って積み重ねていった時に、きっと豊かな実がなると信じて。


自分にできることをコツコツと積み重ね
大切なクライアントを大切にしていこう。

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