外向きに書いていたこれまで

お稽古に通い始めて、その空間の虜になり、
その時間や空間がもたらすものに、とても興味が出た。
「文字」を書くだけなのに、その行為やその時間を持つことに何かがあるのかも、と思い、本を読んだり、ブログを読んだりしていた時に、気づいたこと。

「人のために書いてた」

私にとって、「書く」ってなんだろう?と考え、
それは好きなことだっけ?と疑問を持った。
小さい頃は好きだった書道(もはや何十年も筆を持っていないけど)
取り止めのない文字、
どんな文字が美しいか、、、ぼんやり考え、
文字を、書くことは好きな気がする。

ただ、文章になると、一気にその時間は重たいものになっていた。
「書く」ってことから思い浮かぶことを考えた時、

夏休みの宿題の定番、読書感想文
修学旅行前の事前学習の作文
受験の時の小論文
学生時代のレポート、
社会人になってからは、報告書、
そして、「書く」ということが求められている仕事を選んでいる今。

決して「書く」が得意でなかった私、今も得意ではない私にとって、
あまり「楽しくない」ことかも。
その背景を振り返った時、
「きちんと書かないといけない!」が常にくっついていることに気づいた。

小学生から始めたお習字だって、好きだったけど、
美しく、きれいに書くことを求められ・・・
「自分が考えたことや、好きなことを書いてみたらいいよ」
と言われていた子どもの頃でさえ、
意味の通じる伝わる文章を書くことが前提だったり、

人に読みやすい字で書くことを求められたり、
そっか、これまで相手に向いている文章を書くことばかりだったのか。
全然、自分に向いてなかったのか。

今、思う。
振り返ると、
人に向いてた「書く」って行為を自分に向けることが出来る時間と空間、
そこに自分がどんどん惹かれていったんだなあって。


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