性別なんてどうでもいいキングオージャー
*2023年度の戦隊は「キングオージャー」
プリキュアシリーズの今年度の作品『ひろがるスカイ!プリキュア』が、レギュラーで「男子プリキュア登場」ということで注目されている件は、すでにコチラに書きました。
その後、物語は進みキュアウィングはつつがなく活躍中だったりします。
→ 可能性ひろがるスカイ!プリキュア男子レギュラー登場
[佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2023-02-07_HRskPr-wing
一方、同じ日曜朝の放送でシリーズの新作がほぼプリキュアと同時期にスタートする戦隊ヒーローのほうは、今年度はどのような具合でしょうか。
昨年度の『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』では、いわゆる「紅一点」キャラに、しかしまったく紅一点問題が発生していないつくりになっているのが、じつに令和クォリティだったのですが、その件もコチラで既述となっているとおりです。
→ オニシスター鬼頭はるか「戦隊ヒロイン」としての新機軸ぶりが鬼ヤバい
[佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2022-07-12_HeroineNew
そして、その後を受けて始まった戦隊シリーズ最新作が、標題の『王様戦隊キングオージャー』なのです。
詳しくは公式サイトにあるとおり……
……なのですが、ん!? はて?? これはいったいどういうことでしょう?
*「リタ様、性別どっちなん!?」
『キングオージャー』は「王様戦隊」と言うくらいなのでメンバーは基本的に全員が王様という方向で設定されています。
現実の地球と似て非なる惑星・チキューに在る5つの国の各々の国王が、今般の戦隊の変身者なのだと捉えて、概ね差し支えはないでしょう。
で、このうち村上愛花さんが演じる黄色の戦士・カマキリオージャーへの変身者であるヒメノ・ランについては、公式サイトでの説明でも「女王」だと明言されています。
要は女性戦士、女性の戦隊メンバーのひとり、というわけですね。
ところが紫色の戦士・パピヨンオージャーへの変身者であるリタ・カニスカの記述は違いました。
他の男性メンバーと同様に「国王」となっているではないですか!
演じる平川結月さんは、一般的な二元的性別属性概念に従えば女性ということになるでしょうから、これはもしかして、演者は女性で、演じるキャラは男性、だったりする事例なのでしょうか。
それはそれで有意義ではあります。
あるいは、キャラが何らかのトランスジェンダー要素を持っている/ノンバイナリーなセクシュアリティである、そういう設定を仄めかすキャスティングなのだという解釈も可能です。
それもまた(そういうケースは近年のアニメ・特撮などのポピュラーカルチャーにおいては特段に珍しくはない、それが今般も採用されているのかぁ…という意味で)きわめて今風でしょう。
リタ・カニスカのビジュアルは、絶妙に中性的、というかジェンダーニュートラルに設定されていて、私たち視聴者が通俗的に身に着けている解釈コードでは、いかんせん女性であるとも男性であるとも、断定しきれません。
はたして真相は如何に?
あっ、
そうだ、変身後の戦闘スーツを見れば、女性戦士の下半身にはスカート様のものがあるので、それで判るゾ!
(積年の通例として、一部の例外を除き、だいたいそのようにデザインされている)
もちろん「女性はスカート」というのも、なかなか因習的なジェンダーバイアスに基づく慣行ではありますが、さりとて、この場合は、中に入るスーツアクターが男性である場合に股間の膨らみを誤魔化す効果があったりもしたでしょうから、闇雲に批判するのも適切ではないでしょう。
というわけで、あらためて公式情報をチェック。
……ちょ、待っ、今年はソコのところは全員共通!?
そう。なんと今年度『キングオージャー』のデザインでは、女性戦士のスカート様のものを設けるのが廃されているではありませんか。
たしかに、前述のモンダイさえクリアできるのなら、このほうが無用の性別規範の再生産につながらないなど、好ましいです。
制作側も、そういう方向に舵を切る、そんな時代になってきたと評価できましょう
(前述のとおり過去にも例外的な前例はあり)。
しこうして、その試みとあいまって、リタ・カニスカの性別は、つまるところわからない。もはや公に性別不詳! ということに相成りました。
*キングオージャーという「教育番組」
ぃや、これは斬新というか、ものすごく画期的です。
たしかに界隈を見渡せば、この社会に根強い男女二分意識に引きずられて、ヒメノとリタの掛け合いを「戦隊Wヒロインによるガールズトーク」と称するような公式の動画もないではありません。
ま、中の人を基準にするなら平川結月さんと村上愛花さんのWヒロインガールズトークと言えなくもない、そして動画タイトルとしてわかりやすいく訴求力もある、という現実も理解できるところではあります。
世の中まだまだ人に性別がないのに耐えられない人もいるのはいたしかたないところもあるでしょう。
とはいえ、作品本編内では、一切リタ・カニスカの「性別」については言及されない。
それでOKというのは、いちじるしく先進的です
(当記事は2023年7月23日放送の第21話までの視聴に基づいて執筆しています)。
制作段階でも、その方針、よく通ったなぁ…。
そして、視聴者である特撮ファンも好意的に受け止めているのは、やはり令和クォリティのひとつの顕れでしょうか。
そもリタ様、5つの王国における、いわば国際最高裁判所の裁判長という役職でもあり、それに相応しい実直で威厳のある印象、しかしじつはコミュニケーションが苦手なために無口なだけで、プライベートでは「ぬいぐるみとしゃべる人」だったりもするうえに、メンタルがキャパオーバーした際には奇声を発する、それでいてイザというときにはこれまたじつに凛としてカッコイイ………などなど、属性多すぎ、キャラ濃すぎ。
なので、視聴者も処理が追いつかず、結果、そうした情報群から性別属性は欠落していることが気にならなくなってしまっていたりもします。
設定の匙加減としては、じつに上手い塩梅だと言えます
(雑誌『宇宙船』掲載の情報では、リタが裁判官であり、公正な偏らない裁判をおこなえるように性別も秘匿している、という裏設定になっているそうです)。
かくして「性別不詳」というキャラが、日曜朝の子ども番組で、「そういうのもアリ」な事例として実績を積むことになるわけです。
おそらくは、マーケティング上のメイン視聴者として想定されている子どもたちにとっても、これらの描写は自然なことなのだと映り、この社会の将来を担う人材に対して、柔軟なジェンダー観を涵養してくれることになるはずです。
とかく現行社会は、性別を重要なものとして扱いすぎ、人を「男女」で仕切りすぎ。
そして、ひとりひとりも自身や他者の「男女」を重視しすぎ。
その弊害を緩めていくためにも、いわば「性別なんてどうでもいい」世界観が提示されることは、大きな意味があります。
そういう重要な機能も果たしている、という事実に鑑みれば『王様戦隊キングオージャー』、NHK教育テレビで放送してもよいくらいの「教育番組」だと言えたりするかもしれません。
*性別って何だろう?
ちなみに、リタ・カニスカについては、ビジュアル等からは私たちの通念に照らした性別判定ができないため、上記のように「性別不詳」という話題になりました。
が、
しかしどうでしょう?
公式に作品本編内で性別について言明されていないのは、じつは視聴者がキャラのビジュアル等々から「男性だろう」と判断している人物についても同様ではないですか
(他のキャラとの関係性について「兄」「弟」だとされている人物ならいますが)。
「彼ら」は本当に男性なんでしょうか。
というか、何がどうなっていたら「本当に男性」だと決まるのでしょうか。
じつのところ「彼ら」の「性別」についても、視聴者は、現実の地球における社会通念が醸成した解釈コードに従って「男性」だ、と判断しているに過ぎません。
なので、作中では描かれないだけで、もしかしたら生殖に関わる身体タイプは「女性」の指標となるものだったりするかもしれないし、本人的にはノンバイナリーな自己認識でいる、なんて可能性も否定できないことになります。
逆に言えば、そしてコレは私たちの現実の社会関係においても同様なのですが、誰かの性別というものは、つまるところ、そうしたバリエーションを留保しつつ、周囲の他者が、その人の自己表現・自己呈示を解釈した結果のみが真実ということになります
(そして、なぜか現行社会では、他者の性別は他に優先して判断すべきもの、各自は判断されるのが容易な自己表現・自己呈示をしておくべきもの、そうさだめられており、それゆえ誰もが他者の性別をまずは判定しないではいられない・相手の性別がわからないと気持ち悪い、そういうふうに仕向けられてしまっている)。
少なくとも、社会における「性別」というものについての意味付けという水準では、それこそが「本当の性別」なわけです。
であるなら、それが生殖に関わる身体タイプに制約される必要も本来的にはありません。
現行ルールのもとでは出生時に社会的に割り当てられるジェンダー属性を「女性」にされるような身体タイプであれ、「男性」ジェンダーという社会的属性を出生時に割り振られることになる身体タイプであれ、そのルールさえ更改されれば、もっと自由に各自が自分らしさを体現できるようになるではありませんか!
そして、そうなった暁には、私たちが今は内面化してしまっている「性別」概念も大きく様相を変え、「女」とか「男」などの意味合いも、例えば「渋谷系」「ギャル」「コンサバ」……といったあたりのコーホートと同列程度のものでしかなくなるでしょう。
さらに、それなら対人関係も「男女なら恋愛」に妨げられずに「好きの多様性」に従った個別の親密性が育めます。
生殖に関わる身体タイプなんてものは、お互いが相手と性的な身体コミュニケーションもしたいと合意した際にベッドの上で服を脱いだときに初めて明らかになり「あっ、この人とやったら子供も作れるやん。やったぁ、たまたまついてたナ」で良いではないですか。
そんなふうに、「性別なんてどうでもいい」にしていくことは、現状のさまざまなジェンダー問題の解消をめざしていくうえでの最終目標でもあるでしょう。
今般の『キングオージャー』でのリタ・カニスカの存在は、そこへ至るうえでの、重要な橋頭堡となっているのではないでしょうか。
*侮れない点、他にも
余談ながら、リタ・カニスカの裁判の様子は、証拠を照らし合わせ法に従って判決を下す「罪刑法定主義」が徹底されていたり、法は民衆が守るべき秩序という側面とは別に(現実世界の憲法のように)為政者を制約する最高法規だったりもするという「法の支配」の原理が示されたりと、そのあたりでも、『キングオージャー』はなかなかの「教育番組」ではないか、となっています。
5つの国の各国王にもそれぞれ思惑はあり、国際政治・外交というものが軍事や経済面などの要素が絡み合ってなかなか一筋縄ではいかないものなのだ、という展開が描かれるのも然り。
てゆかソレ、けっこうタイムリーに時事的国際情勢の暗喩になってますよねぇ;
あと、偏った情報を鵜呑みにして世論誘導に引っかかってしまう民衆を代表するような人も(反面教師的に)描きこまれたり。
むろん各国王が民衆を慮って善政を敷くべく努めているとはいえ、基本的に専制政治だし、「議会」も描かれない。
民主主義国家の将来の主権者たる子どもたちに観てもらう「教育番組」としては不十分だ、という指摘もアリっちゃーありかもしれません。
とはいえ、あまりに生々しいあれやこれやを描きこむのも、エンターテイメントとしては悩ましい。
そう考えると「王様戦隊」というのは穏当なバランスの落としどころ、まさに王道を進んでいるんじゃないかなぁ…。
というわけで、「日曜朝の子ども番組」はなかなか侮れないことをやっているゾ!! というお話でしたノ
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