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かなもの書店、ここに在り。

琺瑯容器を買いにきたんだった、琺瑯を。

先週届いた梅のはなし。到着したときには青々としていた南高梅がいい感じに熟してきて、あまりに良い香りをぷんぷんとさせるので、そろそろつけてやらねばと容器を求めて外に出たのだ。そう、今年ははじめて梅干しに挑戦する。

料理会での先生のアドバイスに従って、容器は琺瑯にしようと思っていた。できれば野田琺瑯。あの柔らかな白さと、佇まいに反してとっても頑丈なところが気に入って我が家では4点目になるだろうか。おそらく今回も長い付き合いになるだろうなぁと思いながら向かったのは近所のかなもの屋さん。

駅前のスーパーへ行けば2フロアであらゆるものが買えるし、外に出ずにオンラインでぽち、という手段ももちろんある。けれど自粛期間あまりに引きこもっていた反動か、今日は「買い物」をしたかった。街をぶらぶらしたかった。梅をつける容器、いいのなかったな。そう思い出した瞬間にサンダルをひっかけ、買い物バックを手にして玄関を飛び出していた、というわけだ。

そろり、そろり。まちが動き出したかんじがする。どら焼きが名物の老舗和菓子店では人がソーシャルディスタンスをまもって並び、順々に、ゆっくりと「どら焼きふたつ」「あんみつ3つとうさぎまんじゅうね」と思い思いのオーダーを伝える。花屋の店先にはハーブの苗がならび、青々とした葉はこれからぐんぐん伸びるぞ、という生命力に満ち溢れている。気づけば初夏だ。一度くらい行ってみようかな、と思っていたタピオカティーのお店は混乱の中で閉店してしまったけれど、マルゲリータがとびきり美味しいピザやさんはテイクアウトメニューであらたな名物’フリッタータ’を生み出して活気を取り戻しているし、大好きな中華やさんでは人気の3品つめあわせの豪華弁当の販売がはじまり、小さい子がいるわが身にはありがたい。

ひさしぶりの街中は新鮮で、ぶらぶらしていたら当初の目的を忘れるところだった。琺瑯を買うのだ、琺瑯容器を。

ドラッグストアに寄ってからお目当ての店につくと、天井まで所狭しと積み上げられた商品に圧倒されてどこから探していいのかわからない。こういう時は聞いてしまうのが一番だ。「あのう、すみません、梅をつけたいんですけど」店番のお姉さんに話しかけると、間髪入れず「うめ!おかあさーん、でばんー」と奥へ声がかかる。さっと出てきたのはお店のオーナー風のおばあちゃま。白髪で少し腰は曲がっているけれどテキパキと動きは早い。「うめ!梅ねぇ、やっぱりねぇ、琺瑯よ」といいながら迷いなく店の奥に案内してくださる。

いくつか品を見ながら、「何キロつけるの?」「色はどう?」まるで先生のようにこちらの状況を把握してくださり、1キロだったら小さめの容器でよい、となったものの、あいにくちょうど良い大きさの手頃な琺瑯容器が先ほど売れてしまったとのこと。「明日には入ると思うんだけど、漬けどきってのがあるからね」こちらが日をあらためようとするのを制し、また大きめの容器を購入しようとするのも「それは高いからやめなさい」と諭し、結局まずは手頃なプラスチックの容器でつけて、土用干しのあとに改めて保存容器を買いにきなさい、と落ち着くまでものの10分。すべてはおばあちゃまのお導きで、レジ前に進んだそのとき、飛び込んできたのは本棚だった。

かなもの屋さんの本棚、貸し出ししています!

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かなもの屋に、本棚?あまりのギャップに目が釘付けになっていると、店番のお姉さんが「気になるのあったらどうぞどうぞー」とすすめてくれる。ラインナップがなかなかそそられるものばかりで、なんと、ちょうど買おうと思っていたブレイディみかこさんの著書「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」もある!「いいんですか!!コレ読みたかったんです」と指さすと、おばあちゃまが「それはね、本当にいい本よ。読みなさい。」と強くすすめてくださる。「とても大事なことが書いてあるわよ」いつの間にか背筋をしゃんと伸ばしたおばあちゃまの視線は強い。「日本だってね、あるもの、そういうこと。差別って、どこだって」「読みます!またきます!」まるで先生に教えを乞うように、背筋をぴんとして返事をする自分が少しおかしくて笑いながら754円の支払いを済ませ、プラスチックの容器と本を持って店をでる。

そう、わたしはこんなやりとりがしたかったんだ。

このお店の前に寄ったドラッグストアでうっかりマスクありますか、と聞いてしまって冷たい反応をされ(忙しいし本当にこの質問にはうんざりしているだろうから仕方ないけれど)ちょっぴりへこんでいたわが身には、かなもの屋さんのあたたかさがまた沁みる。

お目当ての野田琺瑯は買えなかったけれど、帰り道、なんだか心も軽やかで、自然と歩調が早まる。

ああ、なんだかわたしはこの街がとっても好きだ。1ヶ月後、土用干しを終えた日にはきっとまた、琺瑯を買いにこよう。本を返して感想を話そう。そんなことを思いながら家路を急いだ。

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