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「封印」 第二十七章 無実 (終章)


 クーデターが終わった。新政権が樹立され、公安は一度解体された。クーデター側についたアンサング達はすぐに再採用され、首相側に送られたイウェンは逃亡するしかなかった。首相の後を継いだのはダムナグ社前副社長だった。ヴァサルの息子。
「あのバカ息子、また殺したみたいですよ」
 アンサングは長官の部屋に入った。長官はアンサングと同じ新聞を読んでいた。一面は、クーデーターから逃亡中の、イウェン。最背面に、釈放される、ダムナグ二世と、護衛のオブスター。ひき逃げで家族死亡。責任能力無しとして釈放。
「まだまだ待て。待てばもっと罪は大きくなる。こいつだけじゃなくて、ダムナグ財閥全体を落とす罪が必要だ」
 長官がめくるのは、評論部分。
 ダムナグの無実性。少なくとも、この災厄については。むしろ暴かれた、政府の違法性。故に、クーデターの正当性。公安は新政府に従い、ダムナグ家は力を増す。
 バハイで溢れたザレス感染者達は、街をほぼ焼き払う形で、鎮圧された。その後、ダムナグ社の新薬が効果を示し、南耀やバハイからの避難民達が凶暴化する事は無くなった。南耀で解き放たれた邪悪は今の所、まだ海を超えていない。
 南耀の邪悪も、ダムナグ社の秘密実験も、バハイを壊滅させたザレスの被害状況も、全てうやむやになろうとしていた。人々は驚くべき速度で、ザレスの災厄から回復しようとしていた。
 アンサングは、その未だこの禍を克服する事が出来ていなかった。しようとも思っていなかった。
「何人死んだと思ってるんですか」
「何人でも待つさ。ここで動いたら、無駄になるだけだ。何百万人の命の喪失と将来の苦しみがな。完全保証だ。それだけは」
 長官はまだダムナグを失墜させる機会を伺っていたが、それは公安の権威を復活させる為で、公安の地位が確立できればダムナグを見逃す事は十分有り得た。
 一般の普通の人は、前に進む事が出来ても、アンサングには、出来なかった。病的に執拗だった。
「辞めます」
 長官は新聞を捨てた。
「辞めてどうすんだお前」
「その辺で交通整備でもしますよ」
「嘘つくんじゃねえ」
「ここじゃ何も進ままないので、別のとこから調べようかと思います」
「ここ以上に資源があるとこはねえぞ」
「現場から一番遠いのがここです」
 長官はアンサングの辞表を摘み上げた。
「もう守れないぞ」
「ご忠告、ありがとうございます」
 アンサングは長官の新聞を指した。
「こいつ、まだ生きてますよ」
 長官の顔が曇った。
「俺を狙う筋はないだろ」
 長官は辞表をゴミ箱に落とした。
「さっさと消えろ」
 アンサングは駐車場に降りた。車が一台、待っていた。エテューだった。
「無事和解ですか?」
「愛し合ったよ」
 アンサングがドアを閉め、エテューはエンジンをかけた。
 二人がたどり着いたのは、首都警察署。エテューに招かれ、進むのは、刑事課。騒然とした部屋に、アンサングは頭を下げた。
「アンサングです。よろしくお願いします」
「よろしくな」
 刑事が一人だけ、手を振った。
「黙れ、劉」
 頭を上げると、署長が角に立っていた。
「勝手な真似はしないでくださいね。公安とはやり方が違いますでしょうから、しっかりと学んでもらいますよ」
「はい」
「お願いしますよ本当に」
 署長が戻っていくのを待って、エテューがさっきの刑事の隣を指した。
「劉です。よろしくね」
 刑事とエテューの後を、刑事達が数人、睨みながら通り過ぎた。その視線は劉にも向けられていた。劉は中指を立てた。
「まあ、お互い嫌われてんな」
「何したんですか?」
「ダムナグ捕まえただけだよ」
 アンサングの顔に、凶暴な笑みが浮かんだ。





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