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バチカンのビガノ大司教 コロナワクチンは悪魔への生け贄の儀式

2011年〜2016年までの5年間、バチカンからアメリカへの教皇大使をつとめたビガノ大司教の発言。ビガノ大司教は、アメリカ赴任前は、バチカン市国の事務総長をつとめていた。

「中絶児から摘出された胎児細胞組織を、その製造と試験段階で使用するコロナワクチンの使用は、悪魔に子供を捧げる儀式である。」

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Mors Tua Vita Mea
(あなたの死は私の命)

コロナワクチンが、赤子を生け贄にすることを、人々に容認させることに使われている。それは必要であり、普通のことなのだと。

私達は最も純粋で、か弱い生命を、治療にも、感染防止にも役に立たず、あまつさえ、特に高齢者や、疾患のある人々に対して、コロナウィルス以上の致死率を持つワクチンのために利用している。

私達の社会がどれだけ野蛮なものかは明白だ。そうした性質が、反人間的、反宗教的、反キリスト的なグローバリスト達の虚妄を支え、強めている。

中絶児から摘出された胎児細胞組織を、その製造と試験のために使用したワクチンの接種は、悪魔の「Mystical Body(神秘的な体)」と一つになり、グローバリスト達の反教会の一部になるための聖体拝領である。

パンデミックという典礼は、個人の思考を奪い、人々を従順なカルト信者に変える。軍用車の葬列、コロナの司祭達の自己矛盾と不寛容さ、「専門家」達による教導、ワクチンに異を唱える人々への異端審問。そして、ウィルス学者を語る魔術師達、メディアに出演している斎宮達により、「科学」として正当化されている、最もおぞましい迷信への妄信的なまでの拘泥。私達はこれらのものを看過してはならない。

科学者達や、専門家達だけでなく、その製造者達までが認めるように、コロナワクチンは、免疫を保証せず、短期的、長期的な副作用のリスクも除外できず、すべての変異株に対して有効ではない。あまつさえ、継続的なマスク着用や、ソーシャルディスタンスまで要求する。

ワクチン接種者達の感染が増えるにつれ、マスメディアによるテロ行為や、感染防止策はより強硬さを増している。万能薬や、切り札と称されたワクチンは、醜聞的なまでに莫大な利益を製薬会社達にもたらすためだけでなく、ワクチンパスポートや、それ以外の管理社会的な要素をもたらし、人々の自由を制限するための口実となった。

卑屈な医療関係者達以外にとっては最初から明白であった、「ワクチン」とされるものの無意味さ以外に、私達は、このワクチンがもつ霊的な意味を理解しなければならない。それは、最も弱く、純粋な生命を生け贄にすることに対して、人々を慣れさせることだ。この生け贄の儀式により、悪魔は神に対する最大の冒涜を実現させることができる。

教皇フランシスコと、司祭達に、かけら程でも神に対する恐れがあったのならば、このようなワクチンの使用を正当化することはしなかっただろう。

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