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海中の風景

喧騒、人波、高層ビル、最先端のもの、伝統的なものが不思議なバランスを保っている街に憧れて、大学入学を機に上京した。しばらくは、 東京のおしゃれなお店、話題のイベントに行ったり、や流行っている物を手に入れたりできる都会の生活を満喫していた。やがて就職し、仕事の後に同僚と雑誌やテレビで話題の美味しいお店を食べ歩いたり、週末に話題の場所やイベントへ行く日々を繰り返していくうちに、何かもの足りさを感じてきていた。

そんな頃に友人に付き合ってスキューバダイビングの講習会を受けた。小さい頃に2度も溺れかけたことがあり(ダイビングのライセンスの講習中でも実は溺れかけた)、海や川、プールは苦手だったので講習会だけ付き合ってライセンスは取らないつもりでいた。そんなはずだったのに、ライセンス取得料を安くしてもらい、講習会で会ったダイビング仲間と意気投合して、結局ライセンスをとり、初めての海洋実習に臨んだ。

海岸からゆっくりとよちよちとペンギンのように海へ入っていった。1m、2mと海中へ身を深めていくにつれ、地上でのザワザワした感じがすーっとなくなり、レギューレーターを介した自分の呼吸音のみが聞こえる空間にトリップしていった。そしてゆらゆらと揺らぐ海水に包まれ、ふわふわと海中を漂っているうちに、仕事や時間に追われれていた東京での生活をすっかり忘れていた。

そして東京から比較的通いやすい伊豆の海がホームグラウンドとなった。伊豆の海はちょっと霞みがかっていて、イサキ、鯵、イカの群れに、たこ、ウツボ、カエルアンコウ(当時はイザリウオと呼んでいた)といった渋い感じの魚が主だったように覚えている。写真や映像でよく見る、光にあふれた沖縄や海外の海のような、色とりどりの熱帯魚や大物の魚がいるキラキラした海とはちょっと程遠かった。

伊豆の海では、春になると魚が産卵を始め、海水が暖かくなってくると南からの海流に乗ってやってきていたクマノミ、亜熱帯魚や珊瑚が住み着いていた。海水が肌に刺さるように感じる頃には南からの訪問者は姿を消して、やがて静かな、遠くまで見渡せる景色が海中に広がった。そんなサイクルが淡々と毎年繰り返されていたように覚えている。

やがてスキューバダイビングの腕が上がり、沖縄や海外にも潜りにいくようになった。そこには旅行のパンフレットに載っているような、吸い込まれるように透き通った青い水とカラフルな珊瑚、カラフルな魚たちが光を浴びてのびのびと珊瑚の上を散歩している風景が広がっていた。そんな海はまるでカラフルな色彩に溢れた海外の絵画を見ているようだった。

その後にまたいつもの伊豆の海に帰ってきて、霞のかかった海中でイサキや鯵の群れをみると、なんだた家に帰ってきたような落ち着いた感じがしたものだった。そして落ち着いた色調の海を見ているうちに、なんだか渋い日本画の風景画ににているような感じがした。

スキューバダイビングに救われて、なんとか過ごしていた東京での生活に結局終わりを告げて、日本を離れて海外で生活するようになった。それを機にダイビングからも離れてしまった。

でも日本から遠く離れた場所で目前に広がる海を見るたびに、
「ここの海にはどんな魚たちがいて、どんな景色が広がっているのだろう?」
と、ついつい想いを馳せてしまう。

そしてこの海のずっと先にはあの伊豆の海があるのだと思うと、なんだか懐かしくなり温かさが胸の中に広がる。

#未来に残したい風景

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