見出し画像

Apples and Oranges

海外で生活していると日本語にはないidiomに出逢い、文化や物の見方の違いを実感します。

海外生活を始めた当初は英語圏で育った人なら誰でも知っているidiomも、私は当然知らなくて(学生時代に英語の授業をサボっていたツケがまわってました)、頭の周りに?が浮かんでいる状態でした。が、人間っていずれ環境に慣れていくもので、徐々にそのようなidiomも理解ができるようになると、その国民性やCultureが垣間見れるようになるものです。

タイトルのApples and Orangesもそんなidiomのうちのひとつ。

英語で相容れないものやまったく違う物を比較する事は意味がないというような表現をする時によく使うのですが、このidiomを職場で初めて聞いた時、なぜかとても気になったのを覚えています。

”AppleとOrangeは同じ果物なのになぜ違う物として表現されるの?”とか、”よく一緒にFruit Basketに仲良く入っているのになんでこんな風な言い回しに使われるんだろう?”なんて。

インターネットで調べた限りでは古い文書で使われたのが始まりとのことでしたが、現在はBusinessでもよく使われていてパワーポイントのプレゼンに艶やかなAppleとOrangeが並んでいる写真が使われることも。

そんな写真を見たりFruit Basketに入っている果物を見るたびに、人間によって勝手に仲違いさせられたAppleとOrangeが少し気の毒に思えると共に、いろんなもののCategoriseの仕方や認識(自覚している、していないに関わらず)は私達が日々接するCultureや環境、目や耳にする物によって知らず知らずのうちに構築されていくのだと実感しました。

だから日本ではわざわざ説明しなくてもその場の空気を読んでくれたり、暗黙の了解でわかっていてくれていたことや通例が、海外では通用しない。そして私の物の見方や考え方が、必ずしも周りの人と同じでないことを、海外生活を経てより一層痛感。そのため自分の考えを意識的に言語化していかないといけない状況になり、疲れたり面倒に感じることも多々ありました。

そんな反面、多種多様な人がいる環境で20年近く生活し、個人の見方や認識の違い、そしてその人の個性というものを割と自然に受け入れている周りの人たちと接しているうちに、違っていて当たり前だし大丈夫ということに気づいた。だから彼ら・彼女らは周りのVibesを読んで、それに自分を合わせるということはあまりしないし私も徐々に合わせないようになってきていた。

そしてPandemicを経て、国民にお願いするだけで大勢が自粛してくれる国民性と、法律や規制で縛らないといけないPublic、どちらが良いんだろうと思案を巡らせているうちに、きっとそれはApples and Orangesだと思った。国が違えば常識も違う。でもAppleもOrangeも結局は同じ果物。見方を変えれば異質のものも同質になりうる。それは私たちも同じ。


サポートありがとうございます🙏 いただいたサポートで取材と制作を進めることができます。