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荷物はふたつ以上持てない。

たとえそれが紙袋ひとつ、マフラーひとつ、ペットボトルひとつだったとしても、私は頭が悪い上に落ち着きがなくて、注意力が散漫だから、右手、左手、どちらも塞がってしまうような荷物の持ち方が基本的には苦手だ。

その上、リュックサックにスニーカーというスタイルはあまり得意じゃなくて、いつもメイクをしていたい気持ちの延長線の話のように、いくつか視点を上げてくれる高さのある靴を選びがち。

全部譲れない、何かを変えてしまうとしっくりこなくて、逆に何かをなくしてしまいそうだと思ったから、ある日から荷物はひとつにまとめよう、と決めた。

本当はお財布と携帯、リップとハンドクリーム、くらいの軽装で出かけるのが好き。バッグは小さいほうがいい。なんなら手ぶらだっていい、でも、私の今の暮らしの標準装備は、パソコンに、充電器、メガネにリップにノートにペン、イヤホンと少しのコスメ、ときには取材の参考となる本、みたいな山でも登るのかみたいな重装備。

これが入るかばんは、やっぱり大きくなるわよね、と安藤美冬さんのワーキングトートを去年ひとつ買ってみた。ちなみにすごく快適だ。

このトートさえあれば、今すぐにでもどこにでもいける。仕事ができる。入れておけばいい、という存在があることは、たぶん私の暮らしの中に、ある種のゆとりをつくりだしている。

なぜなら私は荷物をなくしがちだから。注意力が散漫だから。守るものがふたつに増えると、途端にボロがでやすくなる。

荷物はふたつ以上持たない。

これって恋も同じよね。ふたりを同時に愛してしまったら、ひとりへの愛は減って、注意力が散漫になるから、きっといつか片方、もしくは両者のすべてを失くす。

仕事はどうかな。なにかひとつを守りたい時に、両手がふさがってしまうような、たくさんのものを持とうとしたら、どうなるだろう。

なにそれ、ただの荷物の話だったのに、私の頭のなかはいつもこう。ひとつを考えると、連想ゲームのように世界は変わって、ここはどこ、私はだれ、いまの話は結局何と、居場所がわからなくなって思考は途中でぷつんと切れる。

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たかが荷物、されど荷物。私の両手にはいま何があるだろう。なにかひとつ増やさなければならないときは、きっと何かを手放す必要があるのだろう。今のバッグに放り込むか、ほかのバッグを持つのか、それともバッグ自体を新調するのか。

全部を持ちたい、と願ったこともあるし、今も最終的には全部を持つと願うけれど、でも現時点で持てるものは限られているし、重いものを引きずり持ってもどうせ遠くまでは行けないから、やっぱり宅配便を使ってみるとか、誰かに持っておいてもらうとか。

えっと、何の話だろう。でもきっと、身軽であることと、装備を整えておくことと、「今の私にはこれが必要」と、必要最小限のものを把握して、そして必要なものを買い揃えていく方が、結局遠くまで行けるだろう、大切なものを失くさずに、と今日私は西荻窪駅で思ったんだろう。

荷物はふたつ以上持てない。持っても重いし、遠くまで行けないから。その途中で、ほかのことに目を向けてしまって、結局今持っているもの失くしてしまいそうになるから。
私はバカな欲張りだな、と思ったということだ。

荷物、いつも、何をどれくらい持っていますか。そして、何を、どれくらい持っていたら、あなたは毎日を安心して暮らせますか。たくさん持ったら、何かを失ったりしませんか。それとも、上手く付き合っていける秘訣を、知っていますか。

重い荷物を、また遠くから取り寄せようと、している。気がする。

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。