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事業は増やせど組織は放置、人は多様でも事業は伸びず……現代企業が直面しがちな、厄介な難題について

21世紀の企業が成長・存続していく上で、最重要ファクターの一つである「組織デザイン」。一言でいえば「『分業』と『調整』を設計すること」とも表せるこの営みの可能性と奥深さについて、少し前に解説させていただきました。

ただ、率直に言うと、こんな疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれません──「組織デザインなんて面倒なこと、本当にやる必要あるの?」。

外部環境は刻一刻と変化し、たった数ヶ月前の「常識」が「非常識」となることも珍しくありません。

「いくら緻密かつ巧妙に『組織デザイン』をしたところで、劇的な環境変化の前に全て無力化されてしまうので、とにかく事業推進に全集中すべきなのでは?」

「パンデミックまでいかずとも、技術革新によって日々市場環境が変わっていく中で、適切な組織形態も都度移り変わるのでは?」

……そう考えてしまう気持ちもわかります。

しかし、僕の考えはむしろ逆。外部環境の変化が激しい今だからこそ、組織デザインが、企業にとって決定的な意味を持っているのだと考えています。

それはなぜなのでしょうか?

カギとなるのが、現代企業が向き合わざるを得ない「事業多角化」と「人材多様性」という難題です。これが非常に厄介であるがゆえ、組織デザインがとても重要な意味を持ってくるのです。というわけで、この記事では、「事業多角化」と「人材多様性」の重要性と難しさについて解説していきます。


大企業でなくとも「事業多角化」が求められる時代に

「VUCA」という言葉を引くまでもなく、現代企業が外部環境の激しい変化の渦中に置かれていることは、誰もが実感しているところでしょう。

こうした不確実性の高い時代において、企業が生き残っていくためには、どのような状況においても対応できる適応力が必須です。


では、外部環境の激しい変化に対して高い適応力を持つ組織は、いかにして実現するのでしょうか?

そのために必須と言える要素が、「事業多角化」です。

慶應義塾大学商学部教授・牛島辰男さんの言葉をお借りすると、事業多角化とは、企業が複数の事業を持つこと。それによって、単独の事業を抱えるだけでは生み出されない事業間の相乗効果がもたらされるのです。複数事業があるからこそ生まれる付加価値や利益=シナジーを生み出すことが多角化経営の究極の目的だと、牛島さんはおっしゃっていました。


また「事業多角化」と聞くと、数万人規模の大企業が直面する課題のように思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし昨今は、50名〜100名規模の会社であっても、複数の事業を持つなど多角化経営を行っているケースは珍しくありません

国内市場が右肩上がりであることが自明だったかつては、特定の事業を数年以上かけて伸ばしていく戦略が有効でした。しかし現代は、数ヶ月単位でトレンドが移り変わるのが当たり前。ロードマップを組み立てつつも、あくまでも状況に合わせて意思決定し、事業体を変革し続けることが求められます。

それゆえ企業規模の大小を問わず、戦略的に「事業多角化」を行えるよう、企業全体をポートフォリオ・マネジメントしていくことが重要なのです。もはや事業多角化は、組織規模にかかわらず、現代企業が向き合うべき必須課題の一つとなっていると言っても過言ではないでしょう。

これは昨今、外部環境の激しい変化の中で、企業がその変化に即して自己変革する力である「ダイナミック・ケイパビリティ」として重要性が叫ばれるようにもなっています。


ちなみに僕は、世界の中でもとりわけ日本企業は、事業多角化の重要性が高いのではないかという仮説も持っています。

というのも日本には、マーケットが比較的世界と分断されており外資が入りづらく、なおかつGDPが大きいため国内のみでも市場が完結しやすい側面がある。市場がグローバルに広がらないがゆえにより一層、企業成長のためには、事業を多角展開し、複層的に収益を積み上げることが不可欠になってくるのではないでしょうか。


セットで必要な「人材多様性」

ただ注意が必要なのは、事業多角化“だけ”を推進しているのでは、適応力の高い企業にはならないということ。

実際、日本企業は多角化して組織が大きくなるにつれ、利益率が右肩下がりになるケースも少なくありません。つまり、事業多角化がビジネス同士のシナジー産出に結びついていないのです。


その理由は、一言でいえば、事業多角化に組織が追いついていないから。

事業を多角的に増やしていくためには、しっかりと自社の環境に適応しつつ、優れたプロダクトを作れる人材が必要です。

事業と、その量的な表現である事業数値やP/Lは、あくまでも企業全体にとっては氷山の一角に過ぎません。事業多角化を実現するためには、それを担う人もセットで多角化していく必要があるのです。


そこで重要になるのが、「人材多様性」というキーワード。

人種、年齢、所得、家族構成などの人口統計学的な属性に基づく「デモグラフィック面での多様性」、そして教育や仕事に関連する知識、スキル、能力などの「機能的多様性」(チームの創造性を高めるという観点ではこちらがより重要です)の両面で人材多様性を高めていくことを、事業多角化とセットで進めていかなければいけないのです。

人材多様性は、一朝一夕には実現しません。

明確な事業課題を解決するため、即戦力人材を10人〜100人くらい増やしたいということであれば、短期的な採用活動で担保できるでしょう。しかし、5年後〜10年後も生き残るために本質的な人材多様性を高めていくためには、しっかりと学習支援を行いながら、長い時間軸をかけて人に対する投資を行っていく必要があります。

単年での事業数値だけ見て、その裏側、すなわち組織の人材多様性が数年スパンで育まれているかどうかを見ずにいるようだと、結果的に事業が枯渇し伸び悩んでしまうでしょう。


“組織のための組織づくり”という罠

……ただ、「そうか、現代企業が生き残るためには組織や人への投資が重要なのか!」と人材多様性“ばかり”を追いかけるようになってしまっては、それはそれで本末転倒です。

ここが現代企業の難しいところなのです。


昨今はメディアでも、「人材多様性や人的資本への投資が重要だ!」という指摘が見られるようになりました。結果、かつてに比べると、人に対して優しい環境である企業体が増えてきているのは事実でしょう。

それ自体は非常にポジティブなことだと思うのですが、「人への支援や投資を、いかにして事業多角化につなげていくか」が十分に設計されていないケースが多いようにも思えるのです。

人への投資を強化し、良い組織になってきた気がするものの、なぜか長い時間事業が伸びておらず、顧客からのクレームが多く満足度も低い……そうしたケースは往々にして見られます。外部環境や事業状況に鑑みた適切な「選択と集中」を行えず、不採算事業が残存する、“たるんだ事業多角化”になってしまうケースも少なくありません。

つまり、先程「組織を見ない事業多角化は枯渇する」と説明しましたが、事業を見ない組織づくりもまた破滅への道なのです。

ちなみに、僕が私淑してやまない経営学者の沼上幹先生は、こうした“組織のための組織づくり”に陥りがちな日本企業の傾向を「多様性への愛」という表現であらわし、それゆえ「選択と集中」が機能しなくなってしまいがちな力学を見事に分析されています。本記事の内容は、こちらの沼上先生の研究に大いに学ばせていただき、触発された結果、生み出されたものでもあります。

経営上の深刻な問題は、この「多様性を許容する組織運営」と「いざというときに集中できる柔軟性」が時として矛盾してしまうということである。多様性を許容する組織運営は、各人・各部署がそれぞれ多様であるために、「危機」の認識にズレが生じる。ある人は「危機」だと思っているのに、他の人は「平時」だと思っているという多様性、言い換えれば「温度差」が存在するのである。そのため、多くの場合、平時の多様性を許容する組織は、危機に直面したときに集中できない硬直的な組織になりがちなのである。

沼上幹『経営戦略の思考法──時間展開・相互作用・ダイナミクス』(日本経済新聞出版, 2009)


二つの難題に立ち向かうための組織モデル

事業ばかり見ていても、もしくは組織ばかりを見ていても、変化の激しい現代の外部環境で生き残れる企業体は実現し得ない

「複数の事業を組み合わせながら価値にしていくこと」と「構成する人々の多様性を育んでいくこと」、単体でも難易度が高いこの二つの問いをジョイントさせながら企業体を作り上げていく必要があるのが、現代企業の直面する難題なのです。

だからこそ、この難題を解決してくれる組織デザインが、必須事項として求められているのだと言えるでしょう。


そのための組織デザインの見取り図として、MIMIGURIではかねてより、組織が創造性を発揮している状態を表すモデル「Creative Cultivation Model(以下、CCM)」を提唱しています。

簡単にサマリーすると、企業体を「個人(下層)」「チーム(中層)」「組織(上層)」の3つの層で捉え、それぞれの層における創造性発揮を促すアクティビティ「探究」「対話」「事業活動」がしっかりと循環するような組織デザインを意味しています。CCMについては、以下記事で詳しく解説されていますので、ぜひご参照ください。

企業活動においてCCMを実行に移していくことは、決して容易ではありません。実際には、置かれている事業ドメインの環境や組織フェーズによって、さまざまな課題が発生するからです。

しかし、組織のフェーズごとで生じる事業多角化と人材多様性の課題には、ある程度の法則性もあります。フェーズごとに生じる課題とその適応策については、また別の記事で詳しく解説する予定です。

本記事では、現代の企業が直面している「事業多角化」と「人材多様性」という難題について、その実像を詳細にご説明しました。

今後もこうした難題への処方箋としての組織デザインにまつわる知見を、このnoteや、MIMIGURIが運営するオンライン学習プログラム「CULTIBASE Lab」、オンライン対話型学習プログラム「CULTIBASE School」にてたくさん蓄積・発信していきますので、ぜひチェックいただけると嬉しいです。


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