きっかけ



泉-慈愛-

普通では考えられない事が、この世には沢山起こる。

絵を描き始めたきっかけは、
2012年、福井から帰る鈍行のJRの中だった。

人類が一斉に覚醒すると言われていた2012年。
それまでに…と、葛藤の浄化に尽力してきた日々。
人生のターニングポイントと呼ばれるような、
大きな選択をしてきたにも関わらず、何だか、すっきりしない。
これまでを振り返りながら、心の中で呟く。
「2012年が、終わっちゃう…。」

私は、両親との間にかなりの葛藤を抱えており、
2人の子どもは、両親を反面教師として育てた。

特に宗教家ではないが、ある出来事がきっかけで
毎日仏前で手を合わせるだけでなく、
般若心経を唱えるようになった父。
父に強要された訳ではなかったが、
霊媒体質で、数々の怖い思いを密かにしてきた私も
それを模倣し始めた。
弟と私は、出かける前は、
仏前で般若心経をあげるのが、習慣になり、
空で読めるようになっていた。

加えて、中学生の頃はクリスマス会がきっかけで
近所のカトリック教会の日曜礼拝に通うようになった。
単純に、西洋文化への憧れがあった事と、
そこで讃美歌を歌いたかっただけなのだけれど、
礼拝で読まれる聖書や、ちょうど学校で勉強していた
歴史の授業の知識も手伝って、
神とは、仏とは、宗教とは…。生とは、死とは…。
そんな疑問を、内側で繰り返し考えていたものだから、
同級生の騒いでいるアイドルや、テレビ番組の話題には
興味もなく、話も合わせられず、多少成績も良かった事も手伝って、
今で言う、いじめの対象だった。

小さい頃は、アイドルの真似事をしたりしていたが、
当時、1台しか無かったのでチャンネル権なるものは、
家長である父が1番。長男である弟が2番目だった。
「お姉ちゃん何だから、我慢しなさい。」
母からは「先生のお話を聞いていれば100点取れて当たり前でしょう」
父からは「少しくらい成績が良いからっていい気になるな」
と、言われ続け
外側を良い子ちゃんで取り繕ってきた私が、
本来の自分を探し始めたのが、2002年。
それから10年の間に、勤めていた職場を去り、離婚もした。

そして、冒頭の2012年も残すところ後1ヶ月となったその日。
福井から帰る鈍行の列車の中で、
「あぁ、2012年も終わるって言うのに何にも(達成)してないじゃん」
と、心の中でつぶやく私に
『やるよ、これから。個展。』という言葉が降って来た。
当時、某宗派の指導師範の免除も持っていた私は、
「ちょっと待って、個展ってお花で?」と咄嗟に問い返したが、
『いやいや、絵だよ、絵。』と返って来た。
「え、絵~⁈」

ビックリしたものの、しっかりお膳立てはされており、
翌日には、ギャラリーを借りる手続きをし、
キャンバスと、筆、アクリル絵の具を買い込み
何故かそこだけギャラリーが空いていた、
2013年2月15日(誕生日)の初個展に向けて
絵を描くという事にチャレンジし始める事となった。

それから、10年。
またしても、「個展やるよ、個展」が降って来た。
今回も、何故かギャラリーが空いているという
不思議な現象が起きていた。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?