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愛しのプタシュカー飛ぶことをやめたウクライナの小鳥は地上で強くたくましく生きていくー
ともこさんの井戸端ウクライナ解説 Vol.3
ー普通のおばさんだから言えることー
はじめに 戦争と女とメディアの爪
今回のテーマは「戦争と女性」。戦場は男の世界。女性兵士の増えた現代の戦争でも、戦地で亡くなるのは圧倒的に男性兵士。しかし、戦死だけが戦争による傷痕ではありません。戦争の現場には、殊更に女性を苦しめる兵器もあります。とりわけ、じわじわと尊厳を傷つけ、笑顔を奪っていくメディア(ソーシャルメディア、マスメディア)という名の兵器は、近年の戦争のなかで存在感を強めてきています。
私事ですが、戦争中に3キロ太りました。骨格ウェーブで、鎖骨の目立つ体型なため、オンラインでお話している限り、多少太っても気付かれないようです。むしろ、少しでも痩せると、「やつれましたね」と言われます。しかし、実際にお目にかかると下半身のボリュームが一目瞭然。「いやー、心配してたんですが、お元気そうで良かったです!」と言われます。私は元気だとも何とも言っていないんですけど。複雑な心境です。
「戦争中なのに体重のことなんか誰が気にするんだ?それどころじゃないだろ?」と思われますか?いいえ、それは違うのです。戦争中でも、むしろ、戦争中だからこそ、私達は「理想的な女性像」と戦っています。その代表選手がプタシュカです。
堕ちた小鳥の叫び
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「私のパンツの中にはいずりこみたいのなら、どうぞ。わたしは85キロ、SNSどっぷりの喫煙家、クソみたいな生活をしております。あなたにとってはお気の毒なことにね」
皮肉な調子でそう切り替えしたのは、プタシュカの愛称で知られるウクライナ軍の女性兵士カテリーナ・ポリシチュークです。
そして、プタシュカにこんな言葉を吐かせたのは、彼女のInstagramに書き込まれた「小鳥ちゃん、信じられないよ、君が(アゾフにいた頃)みんなが親指姫だと思うような子だったなんて」というコメントでした。
アゾフでの死闘、ロシアでの捕虜生活から解放されたカテリーナが自分の着たい服を着、自分のしたいメイクをしてInstagramにアップし始めると、「それは君らしくないよ」というコメントが入るようになりました。そしてそれが、「自分らしさは自分で決めるわ」というカテリーナと衝突するようになっていったのです。
カテリーナのコードネームとなっている「プタシュカ」というのは鳥のこと。英語のBirdy、Birdieと同様、可愛い小鳥やそれに似た特徴を持つ人への愛称としてよく使われます。カテリーナはウクライナ軍のパラメディック(救護班)としてアゾフに赴任、兵士たちと共に製鉄所内に籠城し、美しい歌声で兵士たちを励ましたことから、「アゾフ製鉄所のプタシュカ」として有名になりました。
悲壮な抵抗が続いたアゾフ製鉄所内で明るく健気、そして少しはにかみがちな笑顔がみんなから愛されていたプタシュカ。そのプタシュカが、どうして、打って変わった調子でSNSで毒づくようになったのでしょうか。
アゾフ製鉄所の歌姫プタシュカ
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プタシュカことカテリーナ・ポリシチュークは、2001年3月生まれ。西ウクライナのテルノーピリ出身で、2020年にテルノーピリ芸術専門学校の声楽科を卒業しています。2021年、ロシアが侵攻する一年前、カテリーナはパラメディックとして従軍することを決意。キエフで軍の医療コースを修了し、ドネツィクに赴任します。
そして、2022年、プタシュカとなったカテリーナが勤務していたマリウポリの病院をロシア軍が爆撃、プタシュカは他のパラメディック達と一緒にアゾフ製鉄所に逃げ込みます。
アゾフ製鉄所の攻防についてはそれだけで何冊も本が書けるほど、実際、多くの記事やドキュメンタリーが作られていますのでここでは割愛しますが、この製鉄所で死と隣接していた兵士や記者たちはSNSに映像や画像をアップ。受け取った友人たちがそれを共有したため、ウクライナ中がアゾフを守る英雄たちと緊迫した状況を共有することになりました。
プタシュカはこうした状況の中で得意の歌を口ずさみ、人気者になっていきます。特に彼女の名を高めたのは、ウクライナ民族主義者組織OUNの国家として知られる「ウクライナ・ナショナリストの行進」の歌唱です。
アゾフ製鉄所は最後まで落城を拒否して戦いましたが、5月19日、大統領令によって投降。プタシュカは他の兵士やパラメディックと共にロシア軍の捕虜となります。
4ヶ月後の9月21日、捕虜の交換が行われ、プタシュカもウクライナに帰還。大統領から第III位勇気勲章を授与され、『Forbs』の「未来を作る30歳未満の30人」にも選ばれました。彼女はこのときまだ21歳。学校を卒業して2年あまりの短い間に、激動の日々を送ったのです。
プタシュカ対SNS
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ここまでの説明から分かるように、今の戦争ではSNSが大きな役割を担っています。日常生活でもSNSからアイドルが生まれるのと同様、戦争でもSNSからアイドルが生まれます。プタシュカもそうした「アイドル」の一人でしたが、SNSは諸刃の刃。偶像として愛された分だけ、苦い思いも味わうことになります。
プタシュカがゼレンスキーから第III号の勇気勲章を授与されたとき、彼女の「顔色の良さ」に対して、一部のネットユーザーが否定的なコメントを残しました。捕虜なのにやつれていない、ロシア人に媚をうって良い待遇を手に入れてたんだろうという非難です。
「ひどい捕虜生活といってもねぇ・・・12キロは増加してるわね。ロシアのチャンネルにお幸せなインタビューしてたものね」。
これは航空大学の女性国際関係学者によるポストです。確かに、プタシュカはロシアのインタビューは受けています。それにしても、女性の体重を否定的に取り上げるのはヨーロッパのマナーでも失礼なこと。この辛辣なポストはさすがに問題となり、後に彼女は、ハッキングがあったようだ、問題になったポストは自分ではないと否定する騒動になりました。
戦争当初圧倒的だったゼレンスキーの人気が下降し始めていたときでもあり、大統領との関係を揶揄するものもありました。日本でもSNSの身勝手な発言がときに問題になりますが、それはどの国でも、どんな状況でも起こるもの、戦争は決して例外ではないどころか、むしろもってこいの俎上なのだということを私達は目の当たりにしています。
このときもコメントの応酬によって世論が荒れたため、プタシュカ自身が、敵(ロシア)がウクライナを分断させるのを助けるような愚かな言い合いは避けるべきだと苦情を呈し、幕を閉じました。
小鳥の再生にエール
プタシュカとSNSの戦いはその後も続きます。嫌な思いをするならSNSをやめたらどうだと思う方もいるでしょうが、彼女は自分でも認めているように、SNSどっぷりの現代の女の子。非難を受けても、FacebookやInstagramの更新を続けています。
こうしたプタシュカの煩悶を理解しているのは、女性のフォロワーたちです。「私を理想化しないで」「私をあなたが理想とする戦時下少女の枠型に突っ込むのをやめて」というプタシュカの叫びには、女性たちから多くのエールが寄せられています。
「プタシュカ!あなたのことを太ってるなんていったヤツは誰なのか教えなさい。私がそいつらのとこに行って、喰ってやるから」
ジャージ姿で車に乗り込み、わざと憎らしい表情をしてみせたプタシュカ自身の画像投稿には、こんな威勢の良いコメントが付いています。
このコメントを付けたのは、2024年のユーロビジョンにウクライナ代表として参加した歌手のアリョーナ・アリョーナ。本人も100キロを超す女性です。西欧に比べるとルッキズムの強いウクライナでは、アリョーナ・アリョーナの代表選出時にも皮肉な声が飛び交っていましたが、このプタシュカの投稿には28,653の「イイね」が、アリョーナ・アリョーナのコメントにも4,943の「イイね」が付いています(2024年7月15日現在)。
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プタシュカを苦しめたもの
プタシュカを苦しめているものの正体は何なのでしょうか?
理想的な戦時女性像
プタシュカを苦しめたもののひとつは、人々が求める理想的な戦時女性像といえるでしょう。彼女の任務であるパラメディックには兵士を癒やす天使、白衣の天使ならぬ軍服を着た天使のようなイメージがあります。実際、ウクライナには政治意識が高く、教養、人間性の優れた名高いパラメディックたちがいます。
タイラの通称で知られるユリヤ・パイェウシカはそうした名高いパラメディックの筆頭。1968年生まれの55歳。合気道の名手で、尊厳革命の頃からクールな女性軍人としてその名を知られていました。タイラも3月のマリウポリ包囲で捕虜になっていますが、6月に帰還。多少やつれて戻ってきたものの、精力的に活動を続けています。
確かに、タイラは私達の誰もが憧れるような女性です。と同時に、普通の女性たちが彼女のレベルを意識してしまうと、生きづらくなってしまうのも事実です。
ウクライナの伝統的女性観
戦時の女性像と相まって女性たちを息苦しくさせているのが、ウクライナの伝統的な女性観です。ウクライナの女性は流行に敏感で大のオシャレ好き。現在のウクライナ女性の間では、欧米や日本と同様、メイクやプチ整形が人気で、フィラー唇や鼻ピアス、唇ピアス、眉タトゥーなどは普通にみられます。
一方、男性が女性に求めるのは別物。男性というのは、どんな派手な女性と付き合っても、結局最後はすっぴんの笑顔が可愛い、優しくて飾り気のない女性を求めるようです。そして、戦争という「いつが最後の日になるか分からない」舞台では、そうした究極の女性観が舞台の中央に現れてきます。
Instagramでプタシュカを苛立たせたのは、こうした伝統的女性観を持ち、そこから逸脱した女性に対し、「信じられない」「君はもう小鳥なんかじゃないよ」と不満をぶつけてくる人たちでした。そうした人々の「おしつけ」がプタシュカに、冒頭の悪態をつかせることになったのです。
人々がプタシュカに見ようとしたのは、美しい歌声で兵士を励ますあどけない少女。そして、彼女がその枠から出ようとすると、思わず押し留めようとするのです。プタシュカがInstagramに書き綴った「私は英雄じゃない。私は人間よ」という言葉は、100万語の解説よりもウクライナ女性の息苦しさを物語っているように思います。
メディアの求める被害者像
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もう一点、2022年からのロシア侵攻では、これまでのどの戦争にも増して、メディアの役割が重要視されていることを思い出してください。ロシアのプロパガンダの暗躍については、戦争当初からウクライナのジャーナリストたちが強調してきましたが、これに対抗するウクライナ側のメディアも「ロシアの被害者であるウクライナ像」の拡散に大きな役割を担っています。
戦争中に国内外で拡散されている捕虜像といえば、痩せ細って戻ってきたウクライナ人捕虜たちです。ときには、交換でロシアに戻る血色の良いロシア人捕虜と対比的に扱われることもあります。これはメディアリーダーたちが作った像であり、情報戦争の構図の一端です。彼らはウクライナの惨状を分かりやすく可視化して拡散します。
しかし、その構図の一方で、プタシュカのように、こうした被害者像から逸脱したことで傷ついている人がいることも忘れないでほしいのです。そうした傷は、銃剣で傷つけられた傷より浅いというわけではありません。
おわりに
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プタシュカはこうした戦時の女性像、伝統的な女性観、メディアが強調する被害者像と戦って、疲れ切ってしまった若い女性です。しかし、戦争のなかで疲れ切ってしまっているのは、プタシュカだけではありません。自分らしく生きたいのに生きられない、戦争のなかに閉じ込められた小鳥たちはそこらじゅうにいます。
プタシュカはそんな女性たちを象徴する存在として、戦争そのものと戦っている兵士です。彼女はまだ23歳。戦場や戦場の外で起こったことで自分を嫌いにならず、社会に背を向けることなく、人生の次のステップに進んでほしいと心から願っています。
日本でも国が戦争状態に入れば、ウクライナで起こっているようなことが起こっていくでしょう。日本がウクライナのような「戦時下」になる可能性は決して小さくはありません。
トランプ前大統領が狙撃されたとき、日本のマスコミで長く生きてきたキャスターの口から、ためらいもなくトランプ悪しきを前提とした発言がでたのを見ても分かるように、日本はメディアの作った善悪の構図を受け入れやすい国です。戦時が来ないことを祈るとともに、戦時であれ、平時であれ、上からの押し付けではない情報を見分ける目を持っておきたいものです。
お知らせ
今回のテーマについては、作成中の書籍版「私のウクライナ戦争」で、メディアリーダーたちの役割と重要性について、さらに、兵役を離れた現在のプタシュカの動向について、より詳細な解説を加えています。また、ウクライナのルッキズムに関しても、私自身の拒食症経験、当地での拒食症病棟患者との交流と対話をもとに、別項で解説しています。書籍版の出版にご協力いただける出版関係者、出版エージェンシーの皆様、また、Web版の作成に従事していただけるボランティアスタッフさんを募集しております。お気軽にお問い合わせください。
クラウドファンディングでのご協力はこちら
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懇親会のご報告
7月12日(金曜日)、今月二度目のオンライン懇親会を開催いたしました。今回は執筆やジャーナリズム、国際問題に携わっている皆さまにご参加いただいたこともあって、現在の私の関心点を丸ごと共有していただくことができました。
それぞれの懇親会にはそれぞれの特徴があって、気軽に楽しめるものもあれば、一緒に考えながら進めるもの、互いに励まし合えるものなど、様々。それぞれの懇親会にそれぞれの意義があります。会の内容は、おって活動報告にまとめさせていただきますので、今しばらくお待ち下さい。
※現在、当地では連日10時間を超える計画停電が継続しており、一日に何度も安定した接続を維持することが難しいため、懇親会、懇談会は5人以上でお申し込みいただけるグループさまを優先させていただいています。少しお待ちいただくかも知れませんが、興味のある方はふるってお申し込みください!
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