【古典邦画】「妻」

成瀬巳喜男監督の、1953(昭和28)年の作品「妻」。

浮気(途中から本気になるが…)が“男の甲斐性”の一つと、今ほど批判されなかった時代の物語かなぁ。妻が泣き寝入りに近い形で事が済む。

結婚10年目で倦怠期を迎えた夫婦の話。
サラリーマンの夫が、会社のタイピストの未亡人と親しくなって、ついには関係を持つが、紆余曲折あって、夫は妻の下へ帰り、前よりさらに夫婦の絆が強くなる、という話かなぁ、と思ったら、成瀬監督はそんなに甘くはなかった。

夫は、タイピストの未亡人に誘われるままにデートを重ねるが、家に帰ればグチばかりの妻に嫌気が刺していたこともあって、徐々に未亡人の存在が大きくなる。未亡人が大阪に引っ越すことになって、頻繁に会えないこともあって、2人は燃え上がる。

悟られた妻に詰問されると、正直に全てを告白する夫。妻は、怒りと嫉妬もあって、未亡人の周辺と本人のところに出向き、「夫は渡しません。私は絶対に離婚などしませんよ」と伝える。恐れをなした未亡人は消えて、元の夫婦に戻るが、妻と夫の間はさらに大きな溝が…。

夫が上原謙で、妻が高峰三枝子。浮気相手が、三島由紀夫の戯曲にも出てた、キュートな丹阿弥谷津子。下宿人で三國連太郎も出てる。

妻に「安月給で、気の抜けた風船みたいな男」と言われる夫の上原謙が、正面から向き合えない、すぐに逃げ出す、飄々としたダメ男の役にピッタリ。高峰三枝子が、気の強いハキハキとしたきっつい妻の役でコレもまたピッタリ。

その妻が、煎餅をバリバリ食べたり、お茶でうがいをして爪楊枝でシーハーやったり、夫の弁当が全く色気もなくて髪の毛が入ってたり…そんな妻を見てガッカリしていたところに、未亡人の、色とりどり交えた美味しそうな弁当から、女性らしく丁寧で上品な言葉遣いと気遣い、優しさに接すると、そりゃあコロリといっちゃうわな。

でも、それは“隣の芝生は青い”と一緒で、結果、同じことになってしまうことが多いのだけど。

夫は、正直で浮気を隠すのもヘタだし、妻に詰問されても黙りこくるしかない。つまり夫はとてもウブなのだ。最初に誘ったのは未亡人だけど、夫は、ウブゆえに、深入りすると後先考えずに「旅行に行こう」「泊まろう」と誘う。

妻が未亡人に会って話をするが、未亡人は詫びることはなくて、意外と堂々としてる。私は自分の意思で好きになったのだと言いたそうに。ただ「お会いしたくなかった。私は大阪に帰ります」とだけ伝えて。

当時の女性の立場と夫婦の在り方を考える好材料を提示した成瀬監督の職人芸だな。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。